君ってばなんでそんなにあったかいの?

きっと君は来ない、一人きりの誕生日。
なーんて。
毎年のことだから、慣れちゃったけどねー。




みんな、あけましておめでとー。 今年もよろしくー。

さーていよいよ部活はじめ。突然ですが皆さん問題です、今日1月4日は何の日でしょうー? 制限時間は60秒!よぉい……ってみんな微妙にスルーしないでくれない? そこー花井、これ見よがしにため息をつかないでよ。オレ悲しくなるじゃん。
……って、ハイ栄口。
え?
細川の誕生日?ああ、西武の? あーそうなんだー、オレ初めて知った。 へー、なんかうれしくなっちゃうなーー。 ……阿部ひどっ。キモイはないよねキモイは。 いい情報だけど、ちょっと違うなー。 もう一声!ってとこなんだけど。
え?
ガンディーが逮捕された日?
 ちょっと巣山……しがない野球少年がそんな豆知識披露しないでよ。 そもそもガンディーって誰よ? え、インド?あー、オレ歴史苦手だったからさー。 ひどっ、えーえーどうせオレは常識知らないですよ。 ていうか、わざとやってるでしょ、ねぇ。

 あーーーーーーーーーー、もう!!
 1月4日、今日はオレの誕生日だってば!!

 ちょっと、三橋、そんな泣きそうな顔しないでよ。 いや、泣かしたのオレじゃないって、怖、田島。 あとみんな、そんないたたまれないような顔しないでよ。
 特に阿部と花井。
 うわぁ……って顔すんなーー!
 あ……田島、ありがとう……。 あ、みなさんありがとうございます。はい16歳になりました。

 うう、誰もオレの誕生日知らなかったんだーーー……。
まあ、夜メールが来ない時点でそんな気はしてたんだけどねー。 でももしかしたら今日の部活はじめでなんかあったりしないかなーとかってねー。 ちょっと期待してたんだけどねー。 いいですよー別にー。ちぇー。
 ああ、三橋泣くなよぉ!泣かせるつもりじゃなかったんだって! ただ、誕生日ってさ、なんか特別じゃん!だから……さ。
 ごめんな、変なこと言って。
 三橋泣かしちゃったな。
 そんな謝んなくたっていいからな?

 ちょっと阿部ー、三橋はまだいいとしてもそういうこと言うと、オレホントに泣いちゃうからね!? ……ほら花井に怒られたーーー。
阿部のせいだかんな。 ……何でもないです。
 さて、部活初めだし、ちょっと悲しいのは置いておいて今日もがんばっか。

+++

 そうして、今日もハードな練習が終わる。
それなりに家でも筋トレを欠かさなかったけれど、やっぱり一週間動いてないってのは恐ろしい。 今日は恐ろしくばてた。 筋肉がきしむ感じがする。 きっと明日は筋肉痛だろう。
 はぁ、とため息をつきながらパーカーに袖を通す。 長時間部室に放置していたせいか、パーカーもジーパンもひんやりと冷たくて、肌に触れた瞬間ぶるりと体が震えた。
 なんとなく隣に視線を落とすと、三橋がケータイで誰かにメールを打っているところだった。 そんなに真剣になることでもないだろうに、なぜか三橋は一心不乱に液晶を見つめて、ぽちぽちと親指を動かしている。
 時々うーんと無意識に小さく唸って、はぁと息をつく。

 ( 文面に悩んでんのかなー? )

 なんだかケータイを持ったばかりのころを思い出してしばらく見ていると、不意に三橋が顔をあげ、パチッと眼があった。

 「!?」
 「え、三橋!?」

 何その反応。
 びっくりするぐらい顔をひきつらせたかと思うと、携帯を勢いよくバチッと閉じた。 それで、なにか後ろ暗いところがあるかのように視線を上へ横へ下へと彷徨わせている。

 「み、三橋?」

 どうした?
 そう尋ねても、三橋はきょろきょろと落ち着きなく視線を動かすだけ。
 ケータイの中身を見られるのが嫌だったのかな?
 とオレは考えた。
 書いてる途中の文章見られたくないやつがいるのは知ってるし、きっと三橋もそうなのだろう。 だとしたら、オレにメールの本文見られたと誤解したのかもしれない。

 「あーわりー、大丈夫、内容見てないから安心して」

 顔の前で両手を合わせながらそう言うと、三橋はきょとんとした顔をして、それからハッと何かに気づいて、ふっとこわばっていた顔の筋肉を緩めた。
 よかった、って顔いっぱいに書いてある三橋を見て、なんだかこっちまでつられてほっとしてしまう。
 さっき、練習前に一回泣かせてしまっているからなおさらだ。 誰が相手でも人が泣いているところを見るのなんて気分が悪い。 まして、三橋が泣いていると全力でかわいそうな気持ちになるから困る。 なんとか、慰めなきゃいけないような気持ちにさせられるのだ。
 オレだけじゃないけど、オレってば結構三橋に甘いと思うよ、本当。

 「親にメール打ってたの?」
 「……っ、え、と……」
 「あー!ごめんごめん言いたくないなら言わなくていんだホント」

 気まずそうに視線を下げる三橋を見て、胸の中でこっそりため息をつくオレ。 こんなところはまだまだ慣れないみたいだ。
 まあ、それでも初期のころ、話すきっかけもつかめなかったころに比べれば全然マシというもの。

 「ちっ……ちが……そ、そうじゃ、なくて」

 焦ったようにオレを見上げる三橋に少し面食らいながら、オレはうん?と続きを促した。 違うと否定したけれど、それに続く言葉が出てこないみたいに視線をあっちこっちに彷徨わせる。
 言いたくないわけじゃないみたいだ。
 それに気づいてホッとしている自分がいた。
 あれ、なんだこの感じ。

 「……あ、と、み、水谷、くん、ケ、ケータイ、だ、して」

 たどたどしく繋げられた言葉を何とか理解したオレは、バックの中の教科書たちを掻き分けストラップをがしっと掴む。
 そのままぶらーんと三橋の前にぶら下げた。

 「ほい、ケータイ。んで、どーすんの?」

 三橋はちょっと待ってて、とオレの前に手を翳すと、そのまま自分のケータイをパカッと開けて。 10秒くらいまたポチポチ押すのを再開して。 最後のひと押しをした後、パタンとケータイを閉じてオレの手元をに目を向けた。
 え?なに?
 その瞬間、オレのケータイの着信イルミネーションが青く光る。
 ……え?
 三橋に視線をやると、なんとなく居づらそうに下を向いている。 心なしかほんのり頬に赤みが差していた。

 ( なに、三橋、え? )

 慌ててケータイを開いてメールボックスを開くと、そこにはメールの受信時刻と三橋廉の文字。
 もう一度ボタンを押して、メールを開くと、そこには。

 「水谷君、お誕生日おめでとう。誕生日知らなくて本当にごめんなさい。オレの時はあんなにお祝いしてもらったのに、ごめんね。 西浦に入って水谷君と野球ができて、オレはすごくうれしいし、楽しいです。ありがとう。来年はもっとちゃんとお祝いするからね!」

 何度も何度も視線が液晶と三橋をいったりきたりしてしまう。
だって三橋が、あの三橋が自分からこんなことしてくれるなんて夢にも思っていなくて。 ちょっと、本気でびっくりしてしまって。 どうしよう、三橋にかける言葉が何にも浮かんでこない。
 絵文字も顔文字も使われていないシンプルな文面がすごく三橋らしくて、思わず口元が緩む。
 不意に、さっきから三橋が隣で一生懸命画面と格闘しながら打っていたのはこれだったのか、と思い至った。 優しい文章、率直で飾りのない言葉から伝わる温かい気持ち。 画一されたフォントと無機質な画面に映し出される文字なのに、こんなにも胸があったかさで満たされるのは。

 「っみ、ずたにく、ん、あの、」
 「〜〜っ三橋ぃーーーーーー!!」
 「う、おっ」

 気がついたら三橋との距離を勢いよく詰めて、力いっぱい抱きつぶしていた。

 「おいっ!水谷っ!何やってんだお前」
 「水谷!?」

 周りから驚いたような声が聞こえて、はっとする。
 そういえばここは部室で、部活終了後で、オレらだけじゃなくて他の奴らもいたんだった。 なんだか、がやがやと周りが騒がしい気がする。
 と、ぎゅうぎゅうと力を入れながらぼんやり思ったけれど、そんなことはどうでもよかった。
 うれしくて、何か言いたいのに言葉が出てこなくて。 それでも何かしたくて、止まらなくて。 こうやって、きつくきつくまるでふざけるみたいにして抱きしめることでしか自分の中にあるこの名も知らない感情を昇華することができないなんて。

 「三橋……」
 「な、なに…水谷君」

 周りの奴らの喧騒も、三橋が微妙に苦しそうなのも、男になんか抱きしめられてうれしーのかっつーことも。
 あーもうやめ、考えるのなし!
 だって今日はオレ、誕生日だもん!
 今日ぐらい、自由に生きる権利があったって神様はきっと許してくれる。
 だから。
 もうちょっとこのままでいさせてよ。

 「ありがとう、三橋」

思いっきり抱きしめてるから全然顔が見えないんだけど。
そう三橋以外には聞こえないような声で呟いたら、うひっといつものように笑う声が聞こえて。

 「おめでとう、水谷君」

 ってもう一度。

 あーーーー、なんつうかホント、三橋、お前は本当にあったかいよなー。
 なんだろう、このほこほこした気持ち。

 あ、そっか。これを幸せっていうんだなぁー。




このあと不憫なおまけをつけようと思ったのだけど、せっかくの誕生日だしってことでこのまま
2008/12/11 composed by Hal Harumiya
HAPPY BIRTHDAY!! FUMIKI MIZUTANI.