不意に誰かに呼ばれたような気がして。
胸騒ぎがして、はしたなくない程度に急いで宝玉の間に向かった私が見たものは。
「うそ……」
淡く輝きを帯びる宝玉だった。
この輝きはそう、母様に教わっていたとおり。
「龍の宝玉が輝くとき、天から龍神の神子が舞い降りる」
誰ともなしに呟く。
怨霊が蔓延る世、龍神様に龍神の神子をと祈りを捧げていたのが届いたのか。
いや、裏を返せば、伝説の龍神の神子に頼らなければならぬほど、この世が荒んでしまったという証なのか。
どちらにせよ、もう時は動き出してしまった。
白く淡く光る宝玉を見つめながら、決意を新たにする。
私がするべきことは一つ。
「誰かここに」
少し声を張って呼ぶと、近くに控えていた女房が慌ててやってくる。
「姫様、いかがなされましたか?」
「神子様が、龍神の神子様がいらっしゃいます。急ぎ迎える仕度と、左近衛府少将殿をお呼びして」
「……は、はい、かしこまりました」
用件を伝えると、女房は慌ただしく部屋から出て行った。
またしんと静まり返ったこの部屋で、もう一度輝く宝玉を目に写し、額の前で両手を組んだ。
そして、強く目を閉じる。
「龍神の神子様……どうか、どうかこの京をお救い下さいませ」
祈りは宙に溶けた。
もう大丈夫だよ。
どもりながらもそう告げ、三橋はオレたちの腕から抜け出した。
くるりと振り返った三橋の顔色はさっきよりも格段に良くなっている。
「め、迷惑掛け、て、ごめん、なさい」
本当に申し訳なさそうに頭を下げる三橋に、今日何度目かわからない苦笑が漏れた。
「だから、全然気にしてないって。オレらがすきでやってたんだからさ」
「そうそう、気にすることないって。それより、そろそろ行かないと入学早々遅刻しちゃうよ」
そう告げると、三橋は肩を大きく震わせて、は、早く行かなきゃ、と前を向いて歩きだした。
変わった奴だよなー。
三橋の後ろを歩きながら心の中で呟く。
少なくとも中学の時にあんな奴はいなかった。
よく言えば引っ込み思案、悪く言えばこれ以上ない卑屈な奴だ、あれこれどっちも悪く言ってる?
どうしたらあんなに卑屈な性格が出来上がるんだろう?
これは純粋な疑問だ。
さっきも、ただ友達だ、と言っただけなのに、目を丸くしてこっちを見てた。
正直あんなに喜ばれると思ってなかったから、なんだかこっちはくすぐったいような微妙な気持ちに襲われた。
まるで、生まれて初めて友達ができたみたいな喜びようだったけれど。
(……まさかな)
頭に浮かんだあり得ない考えは即消去。
とりあえず、目の前のこの内気で卑屈な少年がオレの高校の友達第一号というわけだ。
悪い奴じゃなさそうだし、うん、こんな始まりもいいかもしれない。
そこまで考えてふと隣に視線を移すと、こっちも友達第一号の西広とばっちり眼があった。
西広も全然悪い奴じゃなさそうだ。
むしろ、あそこでうずくまってる三橋を見捨てずに、見知らぬ人間のオレと世話したんだから間違いなくいい人の部類に入るだろう。
結構しっかりしてるし、気ぃ遣いだ。
初日からこんな面白い奴らと出会えるなんて、結構オレの高校生活幸先いいんじゃないかって、そんな予感がした。
「三橋、元気になってよかったね」
西広が2、3歩先をいく三橋の後姿を見ながら小声で話しかけてきた。
三橋はといえば、急いで歩いているらしくこちらの会話を聞いている様子はなかった。
「ああ、ホント。……三橋って、変わってるよな」
それはいろんな意味を込めてのつぶやきだったけれど、西広はすんなり意図したことを読み取って、
「うん、でも面白いよね、三橋」
とほほ笑んでいた。
どうやら西広も三橋のことを気に入ったようだ。
「面白いなアイツ。今までいなかったタイプだよ」
苦笑しながら言うと、
「オレも同じ。仲良くなれるといいね」
とこっちも苦笑していた。
そして2人同時に三橋に視線を向ける。
きっとうまくやっていける気がする。
これは上手く言えないけれど、予感なんてものじゃなく結構確信に近いものだった。
今日の朝のひと騒動で、高校生活がますます楽しみになっていた。
そんな時だった。
「……あ」
ぶっ。
三橋が突然歩みを止めて桜を見上げる。
気付かなかったオレらは避ける暇もなく、当然三橋にぶつかってしまった。
「三橋……いきなり止まるなよー」
「どうしたの三橋、いきなり止まったら危ないよ」
口調が少し非難がましくなってしまったのは、この際しょうがない。
でも三橋はオレたちの声なんて全然聞こえていないみたいに、ただじっと桜を見上げていた。
「三橋……?」
「どうしたの三橋」
声をかけても反応しない三橋。
「……誰?」
ぽつりと零れた声に何かがおかしいと感じる。
「三橋?」
さっきよりも強めに呼びかけるけれど、三橋は一度もこちらを見ない。
ただ、焦点の定まらない目で辺りを見回す。
そして一か所、今は参る人もいない廃寺の門を見つめると、ふらふらとおぼつかない足取りでそちらに向かって言った。
まるで何かに呼ばれているように、引き寄せられているかのように。
「三橋?」
呼びかけても答えない三橋にオレは少し焦りを覚えた。
いったいどうしたっていうんだ。
さっきまで急がなきゃっていってたのに、急に……。
なんかおかしい、さっきまでの三橋じゃない。
どうしたんだよ三橋。
「三橋っ!?」
隣で西広が急に声を張り上げた。
はっと前を見ると、三橋は廃寺の奥へと駆けだしていた。
「三橋!?くそっ、どうしたっていうんだよ!」
「と、とにかく追いかけよう!この辺って確かあんまりいい噂聞かないし」
三橋をダッシュで追いかけながら今の西広の言葉を反芻してみる。
確かに、この廃寺の噂にいいものはほとんどない。
幽霊が出るとか、奥の古井戸に連れ込まれたら戻ってこれないとか、誰かを呼ぶ声とか。
そんな噂ばっかりだ。
古井戸?
そこまで考えてオレはハッとする。
三橋の向かってる方って確かその噂の古井戸があるところじゃん!
さーっと一瞬にして血が引いた。
まさか、まさかまさか……。
「なぁ、西広……」
隣を走る西広にひきつった顔を向けると、西広も笑みは崩さず、微妙にひきつった顔を向けてきた。
やっぱり西広、察しよすぎ。
「なに、……ってその様子だと栄口もオレと同じこと考えてるっぽいね」
ああ、たぶんね。
それでもオレたちは決して引き返そうとはしなかった。
「……乗っちゃったもんなー船」
「くっ……そうだね、とりあえず最後まで付き合おうか」
幽霊とかは勘弁だけど、と苦笑いも忘れない。
しょうがないなぁ、なんかほおっておけないし。
二人でこくっと頷き合うと、オレらは三橋に追いつこうと必死になって走った。
胸騒ぎがして、はしたなくない程度に急いで宝玉の間に向かった私が見たものは。
「うそ……」
淡く輝きを帯びる宝玉だった。
この輝きはそう、母様に教わっていたとおり。
「龍の宝玉が輝くとき、天から龍神の神子が舞い降りる」
誰ともなしに呟く。
怨霊が蔓延る世、龍神様に龍神の神子をと祈りを捧げていたのが届いたのか。
いや、裏を返せば、伝説の龍神の神子に頼らなければならぬほど、この世が荒んでしまったという証なのか。
どちらにせよ、もう時は動き出してしまった。
白く淡く光る宝玉を見つめながら、決意を新たにする。
私がするべきことは一つ。
「誰かここに」
少し声を張って呼ぶと、近くに控えていた女房が慌ててやってくる。
「姫様、いかがなされましたか?」
「神子様が、龍神の神子様がいらっしゃいます。急ぎ迎える仕度と、左近衛府少将殿をお呼びして」
「……は、はい、かしこまりました」
用件を伝えると、女房は慌ただしく部屋から出て行った。
またしんと静まり返ったこの部屋で、もう一度輝く宝玉を目に写し、額の前で両手を組んだ。
そして、強く目を閉じる。
「龍神の神子様……どうか、どうかこの京をお救い下さいませ」
祈りは宙に溶けた。
もう大丈夫だよ。
どもりながらもそう告げ、三橋はオレたちの腕から抜け出した。
くるりと振り返った三橋の顔色はさっきよりも格段に良くなっている。
「め、迷惑掛け、て、ごめん、なさい」
本当に申し訳なさそうに頭を下げる三橋に、今日何度目かわからない苦笑が漏れた。
「だから、全然気にしてないって。オレらがすきでやってたんだからさ」
「そうそう、気にすることないって。それより、そろそろ行かないと入学早々遅刻しちゃうよ」
そう告げると、三橋は肩を大きく震わせて、は、早く行かなきゃ、と前を向いて歩きだした。
変わった奴だよなー。
三橋の後ろを歩きながら心の中で呟く。
少なくとも中学の時にあんな奴はいなかった。
よく言えば引っ込み思案、悪く言えばこれ以上ない卑屈な奴だ、あれこれどっちも悪く言ってる?
どうしたらあんなに卑屈な性格が出来上がるんだろう?
これは純粋な疑問だ。
さっきも、ただ友達だ、と言っただけなのに、目を丸くしてこっちを見てた。
正直あんなに喜ばれると思ってなかったから、なんだかこっちはくすぐったいような微妙な気持ちに襲われた。
まるで、生まれて初めて友達ができたみたいな喜びようだったけれど。
(……まさかな)
頭に浮かんだあり得ない考えは即消去。
とりあえず、目の前のこの内気で卑屈な少年がオレの高校の友達第一号というわけだ。
悪い奴じゃなさそうだし、うん、こんな始まりもいいかもしれない。
そこまで考えてふと隣に視線を移すと、こっちも友達第一号の西広とばっちり眼があった。
西広も全然悪い奴じゃなさそうだ。
むしろ、あそこでうずくまってる三橋を見捨てずに、見知らぬ人間のオレと世話したんだから間違いなくいい人の部類に入るだろう。
結構しっかりしてるし、気ぃ遣いだ。
初日からこんな面白い奴らと出会えるなんて、結構オレの高校生活幸先いいんじゃないかって、そんな予感がした。
「三橋、元気になってよかったね」
西広が2、3歩先をいく三橋の後姿を見ながら小声で話しかけてきた。
三橋はといえば、急いで歩いているらしくこちらの会話を聞いている様子はなかった。
「ああ、ホント。……三橋って、変わってるよな」
それはいろんな意味を込めてのつぶやきだったけれど、西広はすんなり意図したことを読み取って、
「うん、でも面白いよね、三橋」
とほほ笑んでいた。
どうやら西広も三橋のことを気に入ったようだ。
「面白いなアイツ。今までいなかったタイプだよ」
苦笑しながら言うと、
「オレも同じ。仲良くなれるといいね」
とこっちも苦笑していた。
そして2人同時に三橋に視線を向ける。
きっとうまくやっていける気がする。
これは上手く言えないけれど、予感なんてものじゃなく結構確信に近いものだった。
今日の朝のひと騒動で、高校生活がますます楽しみになっていた。
そんな時だった。
「……あ」
ぶっ。
三橋が突然歩みを止めて桜を見上げる。
気付かなかったオレらは避ける暇もなく、当然三橋にぶつかってしまった。
「三橋……いきなり止まるなよー」
「どうしたの三橋、いきなり止まったら危ないよ」
口調が少し非難がましくなってしまったのは、この際しょうがない。
でも三橋はオレたちの声なんて全然聞こえていないみたいに、ただじっと桜を見上げていた。
「三橋……?」
「どうしたの三橋」
声をかけても反応しない三橋。
「……誰?」
ぽつりと零れた声に何かがおかしいと感じる。
「三橋?」
さっきよりも強めに呼びかけるけれど、三橋は一度もこちらを見ない。
ただ、焦点の定まらない目で辺りを見回す。
そして一か所、今は参る人もいない廃寺の門を見つめると、ふらふらとおぼつかない足取りでそちらに向かって言った。
まるで何かに呼ばれているように、引き寄せられているかのように。
「三橋?」
呼びかけても答えない三橋にオレは少し焦りを覚えた。
いったいどうしたっていうんだ。
さっきまで急がなきゃっていってたのに、急に……。
なんかおかしい、さっきまでの三橋じゃない。
どうしたんだよ三橋。
「三橋っ!?」
隣で西広が急に声を張り上げた。
はっと前を見ると、三橋は廃寺の奥へと駆けだしていた。
「三橋!?くそっ、どうしたっていうんだよ!」
「と、とにかく追いかけよう!この辺って確かあんまりいい噂聞かないし」
三橋をダッシュで追いかけながら今の西広の言葉を反芻してみる。
確かに、この廃寺の噂にいいものはほとんどない。
幽霊が出るとか、奥の古井戸に連れ込まれたら戻ってこれないとか、誰かを呼ぶ声とか。
そんな噂ばっかりだ。
古井戸?
そこまで考えてオレはハッとする。
三橋の向かってる方って確かその噂の古井戸があるところじゃん!
さーっと一瞬にして血が引いた。
まさか、まさかまさか……。
「なぁ、西広……」
隣を走る西広にひきつった顔を向けると、西広も笑みは崩さず、微妙にひきつった顔を向けてきた。
やっぱり西広、察しよすぎ。
「なに、……ってその様子だと栄口もオレと同じこと考えてるっぽいね」
ああ、たぶんね。
それでもオレたちは決して引き返そうとはしなかった。
「……乗っちゃったもんなー船」
「くっ……そうだね、とりあえず最後まで付き合おうか」
幽霊とかは勘弁だけど、と苦笑いも忘れない。
しょうがないなぁ、なんかほおっておけないし。
二人でこくっと頷き合うと、オレらは三橋に追いつこうと必死になって走った。
一話が長すぎたので短め まだ飛ばなくてごめんなさい
2008/11/26 composed by Hal Harumiya
2008/11/26 composed by Hal Harumiya