低姿勢ジャイアニズム

 桐青高校との試合が終わった次の日、つまり今日、三橋は熱を出して学校を休んだらしい。 部室でみんな着替えている時に、花井から連絡があった。
 それで、今日一回も顔を見なかったのかーとか、心配だなー、三橋病原菌に弱そーとかぼんやり考えていたんだけれど。
 横で田島が、

 「三橋はゲンキそーだったから、明日には多分出てこれるぜ」

 と、元気よくハイハイと挙手したのが目に留まった。

 「なに田島、電話でもしたの?」

 西広が聞くと、田島は首をぶんぶん横に振りながら、

 「オレら試合さっさと負けたから、三橋んち行って様子見てきたんだ」

 カレーウマかったーと思い出しよだれを垂らしていた。 ええーカレー食ったのかよー、ずりー、とか部室に笑い声が響いた。

 「オレらって?田島だけじゃないの?」

 今度は栄口が尋ねる。
まあ、田島だから、三橋が休みだって知ったらきっと三橋んちに行くだろうなと予想はつく。 そして、田島が行くなら、当然泉も行っただろうし。
 それにしても、三橋んちのカレーとか旨そうだなー食ってみたかった。
 と、そこまで予想しつつどうでもいいことを考えていたのだが、次の田島の言葉にオレは思わず大声を上げてしまった。

 「んーと、オレと、泉と、阿部と、花井」
 「はぁ!?」

 ちょっと待って、今聞き捨てならないこと、聞いちゃったような、気がする。 一期に視線がオレに集まったけど、そんなこと全然気にしてらんない。

 「ちょ、ちょっと、なんで9組だけならともかく阿部と花井まで見舞い行ってんのさ」

 思ったことがそのまま口からこぼれていた。
だって何その(7組+9組)−オレ、みたいなの。 え、いじめ?いじめですかコレ。
 オレが視線を2人に向けると、花井はバツが悪そうな顔をし、阿部は心底うざいものでも見るような顔つきになった。 阿部に関してはいつも通りだから全然ひるまない。

 「わり、別に忘れてたわけじゃないんだけど、お前試合だったじゃん。お前いなくなると試合出る奴足んなくなるしさ」

 だから誘わなかった、とすまなそうに言ったのは花井。
 確かに試合だったけど、そうだけど。
 自然に顔が渋くなる。

 「なんでいちいち三橋んち行くのにお前誘わなきゃならねぇんだ、めんどくせぇ。そもそもお前三橋に用事ないだろうが」

 ため息つきながら、阿部が頭を掻く。
 あーそうですよね、阿部はこう言うやつですよね。 でもなんか、なんかカチンと来ちゃったよ、オレ。

 「用事なくちゃ行っちゃダメだっていうのかよ。オレだって三橋のこと心配してたんだぞっ!」

 それが思ったより鋭い口調になって、自分でもびっくりしたんだけど。 他の奴らはもっと驚いてたみたいで、みんな呆然とこっちを見ている。
 いや、別にそんなに強く言うつもりだったわけじゃなくて、ただなんかオレだけのけものにされた気分になったっていうか。 せめて一言ぐらい声かけてくれればよかったじゃん、っていうか。 それなら、試合があったのは本当だし、行けないなー残念、って自分を納得させられたかもしれないのに。 勝手に「お前試合だったから無理だろ」って決めつけられて、後からごめんなってのはやっぱりちょっと切ないよなーて思ったり。
 なにより、オレだって三橋のことオレなりに心配してたのに。 なんかその気持ちまで、無視されてしまったように感じてしまったんだ。

( オレだって三橋に会って大丈夫かーぐらい言いたかったのになー )

 といういろんな思いがぐっちゃぐちゃに混じり合って、思わずでかい声になっちゃったみたいなんだけど。
 さすがにそんなに大声出すところでもなかったし、その後のみんなの視線がなんとなくいたたまれなくて、オレは取り繕うように笑いながらごめんと謝った。
 普段なら絶対流せる場面だったのになー。 今日に限ってなんでできなかったんだろ?
 心の中のオレが思いっきり首をひねっていた。

 「いや……やっぱり伝えていくべきだったな。水谷だけじゃなく他の奴らにも」

 花井の言葉にふとぐるりと見回すと、他の奴らもみんな苦笑いしながらこくんとうなづいた。
 みんなも大なり小なり三橋のことが心配で。 声かけられなかったこと、ちょっと気にしていたみたいで。

 「だよなー、もしオレだったら絶対駄々捏ねてたもん」

 田島があっけらかんと言う。

 「お前なー自分で駄々捏ねるとか言うな!そして、今の発言は他の奴らに失礼だ」

 すかさず泉がたしなめて、花井がため息ついて。 ちょっとピンとしていた空気がふわっと緩んだ。
 なんとなく雰囲気が落ち着いた感じだったから、

 「花井はなんで三橋んち行ったのさ―」

 気になったので聞いてみると、

 「あー親から埼玉新聞とDVD渡すように頼まれたんだよ、そのついで」

 とまたしてもため息つきながら返された。
 あーはいはい、どうせうざいですよー、しつこいですよー。
 つか花井、そんなにため息ついてると幸せ逃げてくよ。

 「で、阿部。お前の用事って一体何だったの?」

 話を阿部に振ってみると。

 「オレはキャッチャーだから、ピッチャーの様子見んのは当たり前だろ」

 と、至極当然のような顔で言いやがったので。

 「ふざけんな」
 「お前が一番私用じゃねーか」
 「オレらに謝れ」

 とみんなにぼこぼこに言われていた。
 そうだ、たまには阿部だってぼろくそに言われればいいんだ。 と、内心ほくそ笑んだのは内緒にしておこう。
 その輪に田島が混じり、泉が混じり、収拾がつかなくなってきたところで。

 「あーもうっ、お前ら、もうすぐ練習始まっぞ!三橋のことはたぶん大丈夫だから、さっさと着替えてグラウンド行けグラウンド!!」

 とキャプテンの檄が飛んだので、みんな慌てて着替えを再開した。

 ( あー帰り、三橋んち寄ってお見舞いでもしようかなー、やっぱり心配だし )

 とか考えながらアンダーに袖を通す。
 一応謝ってもらっちゃったけど、なんでかオレってば全然納得してないみたい。
 だって、やっぱりずるいもん。 せめて、断って行けよなーーー!

( ああ、オレって女々しい )

 とか、心にもないこと思って心の中で嘘泣きしてみた。
 とりあえず今日はいつもより帰り遅くなるって、母さんにメールしとこーっと。

 ( きっと歓迎されたんだろうなー。……そんなの、ずるいよね? )

 自分たちだけ、三橋独り占めなんてさ。
 お前らが行ったんだったら、オレにも権利あると思わない?




きっと帰りはみんなでそわそわ えーと阿部?すきです、よ、?
2008/11/20 composed by Hal Harumiya