「誰もいないかー?……って三橋、お前まだ着替えてなかったのかよ」
監督との話の後、部室の戸を開けたオレはひとりもたもたと着替えている三橋を見て軽くため息をついた。 他のメンバーはもうとっくに着替えて、部室から姿を消している。 部室の鍵閉めはキャプテンである自分の仕事だから、とりあえず問題はないのだけれど。 視線をやると、目が合い、三橋はびくっと体をすくませた。
( 睨んでねぇけど……慣れねぇもんだな )
野球部が発足してもうしばらく経つというのに、未だに我らがエースは挙動不審だ。 確かに最初のころはその卑屈な態度にムカついて(今も地味にムカつくことはあるが)、冷たい態度をとったこともあったけれど。 それはもう昔の話。 どうやらこっちがじっくりゆったり構えていれば、割と話が通じるらしいことがわかってきた。 そしてオレは、なんとかぎりぎりで待てるタイプの人間だと思っている。 少なくともどっかの短気な捕手よりは。
( 大丈夫、オレは待てるオレは待てる )
心の中でそう言い聞かせて、三橋の言葉を待つ。
「あっ、……え、と、メ、メール、返すの、遅く、て」
は?
なんで、メール打つことと着替えが関係あるんだ? と頭上にクエスチョンマークが浮かんだが、いやいやここで怒ってはいけないとグッと堪えた。
( 落ち着けオレ。何言ってんだかわかんなくても顔に出しちゃだめだ。普通に聞き返せ、オレ )
「メール返すのが遅い?」
聞き返すと、三橋は目を見開きながらパッと顔をあげた。
「あっ……ご、ごめ……オレ、が、メール、打つ、の、遅いか、ら、み、みんな」
通じていないのがわかったのか、語尾がだんだん尻すぼみになっていく。 つまりあれか。 三橋がメール打ってる間に他の奴らはとっとと着替えていなくなっていた、と。 そういうことか。 そう尋ねると、目をキラキラさせて三橋は壊れた人形みたいに首をカクカクと縦に振っていた。
( うおおおおおお、つ、通じたーーーーー!! )
その仕草にオレは意味もなく感動していた。 まるで奇跡でも起こった気分だ。 オレもやればできる!しかも、すげぇ嬉しい! いつもは田島や泉、栄口がそばにいて三橋の気持ちを難なく代弁してくれる。 普段は何とも思っていなかったのだけれど、実際話が通じてみるとなんだかものすごく嬉しくて。 そして、こんなに苦労しなくても三橋が何を言いたいかわかってしまうあいつらが少しだけうらやましくて。
( 少しは言葉、届いた……のか? )
意思の疎通がこんなにも難しくて、嬉しいものだと初めて知った。
( よし、こ、この調子で……少しずつ…… )
チームメイトに慣れていけばいい、と。 ほんのちょっと会話ができただけでこんなにもモチベーションが上がってしまう自分がおかしかった。 思わず緩んだ口元を押さえると、それを見ていた三橋がフヒッと相好を崩した。 ドキッと、心音が体の中で鳴るのが聞こえた。
初めてまともに見た三橋の笑顔。
笑いかけてくれるまでに成長したコミュニケーション。
笑顔、笑顔、笑顔。
初めて見た、笑顔。
( うおおおおおお、な、なんか知んないけどオレ、めちゃめちゃテンションあがってきた! )
もっと仲良くなりたい。 もっと普通に話せるようになりたい。
もっと、もっと!
「あ、あのさっ、みは……」
ガラッ!
「三橋ー!遅ぇーーーー!早く着替えろよ!」
『うおっ』
声が絶妙にハモる。
( び、びっくりしたーーーーーー )
急に飛び込んできた聞きなれた声に、さっきとは別の意味でドキッとした。 後ろを振り返ると、やっぱりというか予想通りというか、我らが4番田島の姿。 田島は一瞬オレがいることに目を見張ったけれど、すぐずかずか部室に入ってきて。 呆けて何も言えないでいるオレの横を通り過ぎ。 同じく呆けて何も言えないでいる三橋の前に立って。
「おーーーい三橋!早く帰んぞ!」
と、三橋の目の前で左手を左右に振った。 三橋はそこではっと気づいたように田島の顔を見ると、
「た、たじまく、ご、ごめ、オレ、メール、遅くて」
と、またしても脈絡も文脈もめちゃくちゃなことを言っていたけれど。
「おーーみんな待ってんぜ。サッサと着替えちまえ」
と三橋の着替えを促した。 すると三橋はあからさまにほっとしたような顔をして、うん、と大きくうなづいて。 ジーパンを履き、練習着をバックに詰め込んだ。
「よし、着替えたな!行くぞ!……あ、花井、戸締りよろしく。オレたち先行ってっから」
三橋の準備が整ったのを確認すると、部室のドアを開けながら田島は片手をあげて挨拶をする。
「あっ……、は、はないく、……下、でっ」
三橋はぺこりと頭を下げて田島の後を追いかける。 そしてオレは誰もいなくなった部室で、ひとりなんとなくもやもやした気持ちのまま着替えを再開した。
( やっぱ、田島って強者だ )
( 三橋の兄貴を自称するのは伊達じゃねぇよな…… )
( オレが三橋のことあいつレベルに理解できるようになる日なんて……来ない気がしてきた )
会話を切られたことは思った以上にダメージが大きくて、がっくりと肩が落ちるのがわかった。
けれど。
( 会話、少しだけど成り立ったな……よし! )
話がぶち切られたことは残念だけど。 それでも、少し近づいたことが嬉しくて。 次の練習もがんばろうと思った。
( 今日よりもっと会話が続きますように )
監督との話の後、部室の戸を開けたオレはひとりもたもたと着替えている三橋を見て軽くため息をついた。 他のメンバーはもうとっくに着替えて、部室から姿を消している。 部室の鍵閉めはキャプテンである自分の仕事だから、とりあえず問題はないのだけれど。 視線をやると、目が合い、三橋はびくっと体をすくませた。
( 睨んでねぇけど……慣れねぇもんだな )
野球部が発足してもうしばらく経つというのに、未だに我らがエースは挙動不審だ。 確かに最初のころはその卑屈な態度にムカついて(今も地味にムカつくことはあるが)、冷たい態度をとったこともあったけれど。 それはもう昔の話。 どうやらこっちがじっくりゆったり構えていれば、割と話が通じるらしいことがわかってきた。 そしてオレは、なんとかぎりぎりで待てるタイプの人間だと思っている。 少なくともどっかの短気な捕手よりは。
( 大丈夫、オレは待てるオレは待てる )
心の中でそう言い聞かせて、三橋の言葉を待つ。
「あっ、……え、と、メ、メール、返すの、遅く、て」
は?
なんで、メール打つことと着替えが関係あるんだ? と頭上にクエスチョンマークが浮かんだが、いやいやここで怒ってはいけないとグッと堪えた。
( 落ち着けオレ。何言ってんだかわかんなくても顔に出しちゃだめだ。普通に聞き返せ、オレ )
「メール返すのが遅い?」
聞き返すと、三橋は目を見開きながらパッと顔をあげた。
「あっ……ご、ごめ……オレ、が、メール、打つ、の、遅いか、ら、み、みんな」
通じていないのがわかったのか、語尾がだんだん尻すぼみになっていく。 つまりあれか。 三橋がメール打ってる間に他の奴らはとっとと着替えていなくなっていた、と。 そういうことか。 そう尋ねると、目をキラキラさせて三橋は壊れた人形みたいに首をカクカクと縦に振っていた。
( うおおおおおお、つ、通じたーーーーー!! )
その仕草にオレは意味もなく感動していた。 まるで奇跡でも起こった気分だ。 オレもやればできる!しかも、すげぇ嬉しい! いつもは田島や泉、栄口がそばにいて三橋の気持ちを難なく代弁してくれる。 普段は何とも思っていなかったのだけれど、実際話が通じてみるとなんだかものすごく嬉しくて。 そして、こんなに苦労しなくても三橋が何を言いたいかわかってしまうあいつらが少しだけうらやましくて。
( 少しは言葉、届いた……のか? )
意思の疎通がこんなにも難しくて、嬉しいものだと初めて知った。
( よし、こ、この調子で……少しずつ…… )
チームメイトに慣れていけばいい、と。 ほんのちょっと会話ができただけでこんなにもモチベーションが上がってしまう自分がおかしかった。 思わず緩んだ口元を押さえると、それを見ていた三橋がフヒッと相好を崩した。 ドキッと、心音が体の中で鳴るのが聞こえた。
初めてまともに見た三橋の笑顔。
笑いかけてくれるまでに成長したコミュニケーション。
笑顔、笑顔、笑顔。
初めて見た、笑顔。
( うおおおおおお、な、なんか知んないけどオレ、めちゃめちゃテンションあがってきた! )
もっと仲良くなりたい。 もっと普通に話せるようになりたい。
もっと、もっと!
「あ、あのさっ、みは……」
ガラッ!
「三橋ー!遅ぇーーーー!早く着替えろよ!」
『うおっ』
声が絶妙にハモる。
( び、びっくりしたーーーーーー )
急に飛び込んできた聞きなれた声に、さっきとは別の意味でドキッとした。 後ろを振り返ると、やっぱりというか予想通りというか、我らが4番田島の姿。 田島は一瞬オレがいることに目を見張ったけれど、すぐずかずか部室に入ってきて。 呆けて何も言えないでいるオレの横を通り過ぎ。 同じく呆けて何も言えないでいる三橋の前に立って。
「おーーーい三橋!早く帰んぞ!」
と、三橋の目の前で左手を左右に振った。 三橋はそこではっと気づいたように田島の顔を見ると、
「た、たじまく、ご、ごめ、オレ、メール、遅くて」
と、またしても脈絡も文脈もめちゃくちゃなことを言っていたけれど。
「おーーみんな待ってんぜ。サッサと着替えちまえ」
と三橋の着替えを促した。 すると三橋はあからさまにほっとしたような顔をして、うん、と大きくうなづいて。 ジーパンを履き、練習着をバックに詰め込んだ。
「よし、着替えたな!行くぞ!……あ、花井、戸締りよろしく。オレたち先行ってっから」
三橋の準備が整ったのを確認すると、部室のドアを開けながら田島は片手をあげて挨拶をする。
「あっ……、は、はないく、……下、でっ」
三橋はぺこりと頭を下げて田島の後を追いかける。 そしてオレは誰もいなくなった部室で、ひとりなんとなくもやもやした気持ちのまま着替えを再開した。
( やっぱ、田島って強者だ )
( 三橋の兄貴を自称するのは伊達じゃねぇよな…… )
( オレが三橋のことあいつレベルに理解できるようになる日なんて……来ない気がしてきた )
会話を切られたことは思った以上にダメージが大きくて、がっくりと肩が落ちるのがわかった。
けれど。
( 会話、少しだけど成り立ったな……よし! )
話がぶち切られたことは残念だけど。 それでも、少し近づいたことが嬉しくて。 次の練習もがんばろうと思った。
( 今日よりもっと会話が続きますように )
初書きが花井なことに自分が吃驚
2008/10/24 composed by Hal Harumiya
はちみつトースト / 君まで届け2008/10/24 composed by Hal Harumiya