詳しいことはわからない。
けれどいつからか。 レンレンは全然笑わなくなった。
昔は、よく群馬に遊びに来ていたころは、泣き虫で、でもころっと笑う感情豊かな子だったレンレン。 でも、中学生になって三星に入って、野球部に入ってから、レンレンは変になっていった。
部活に行くのが楽しそうじゃなくなった。
家でも、あまりしゃべらなくなった。
笑わなくなった。
泣き虫なところは相変わらずだったけれど、泣き方が変わった。
声を出して泣かなくなった。
家族の前で泣かなくなった。
部屋に一人でこもって、声を押し殺すような、どうしようもない叫びを殺すような、そんな泣き方をするようになった。
私はレンレンの部屋の前まで行って、でも、声をかけられないで、ただ時々聞こえる嗚咽だけをドアの前で聞いていた。 私は、彼の学校生活に関して介在する術を持たなかった。 胸が締め付けられるように切なかった。
でもそれでも何とかしてあげたくて。 大事なイトコがあんな風に変わっていくのを間近に見ているのはつらくて。 一回、叶を呼び出して詰め寄った。
「どういうことよ」
「……」
「答えなさいよっ!……野球部、何してるの?レンレンどうしちゃったの?あんたそばにいるでしょ!?何があったのよっ!」
「……ない」
「は?」
「……三橋には、関係ない」
少し震えていた声で紡がれたのは、打ちのめされるような一言だった。 叶は顔を伏せてつぶやいたから、どんな顔をしていたかはわからなかった。 それより、言われた一言の方がショックだった。 見えない重い壁が私と叶の間にどすん、と落ちてきたみたいに。 どう頑張ってもお前はこっち側には来れない、そう言われてるみたいで。 関係ない、この一言が、いつまでもいつまでも私の心のどこかに壁を作っていた。
そう、私は部外者だった。
わかっていた。 野球部で起きた問題だったら、野球部以外の人間が口を挟むのはおかしい。 これが自分の部活内の問題だったら、私だって同じことを言っただろう。 それがわかったから、もう野球部に関して声をかけられなくなった。 レンレンも、試合があるなんて誰にも言わなくなった。 そうして一人ぼっちになってしまったレンレンは、三星から去って行った。
正直、外部を受験すると言ったレンレンに私はホッとした。 傍にいれなくなるのは寂しいけれど、この状態が続くよりずっといい。
( 私はレンレンを応援するよ、どこに行ってもレンレンは私のイトコだもの )
西浦に受かったレンレンにそう言った。
( 埼玉かー、ちょっと遠いなー。でもおばさんの母校だし、レンレンも家族と一緒に住めるし、よかった )
心配なら、このご時世携帯電話というものだってある。 メールだってできる。 そう思って、明るく家から送り出した。 レンレンがいなくなった後のうちは、少しがらんとしてしまった。
高等部に上がってしばらく経って、レンレンは西浦でうまくやっているか気になったから、上がって初めてレンレンに連絡を取ってみた。
「レンレン、元気でやってる?」
「……レンレンって、いう、な」
「あーはいはい。ごめんごめん。高校どう?」
楽しい?
「……たっ」
「た?」
「楽し、いっ、よっ」
びっくりした。それこそ次の言葉が出ないくらい。 久しぶりにレンレンの口から出た「楽しい」という言葉。 でも次の瞬間には、私にも嬉しさがこみあげてきて。
( レンレン、西浦は楽しいんだ!よかった、ホントに )
嬉しさでドキドキして、テンションが上がってしまった。 聞けば、レンレンはまた野球部に入ったという。 そうかーレンレンよかったなーと思っていたところに。
「そう、言えば、この前、三星と、し、試合……した、よ」
いきなり爆弾が落ちてきた。
はぁーーーー!?
「ちょっと、レンレン、群馬来てたの!?」
三星と試合!?いつ、どこで!? というか、なんでそれを私に教えない!!! 教えてくれてたら、絶対何があっても見に行ってたのにーーーー!!
私の剣幕にびっくりしたのか、レンレンは二の句が継げなくなったみたいで、電話口でオドオドしてた。 いつもならごめんね、っていうところだけど、今日はものすごくムカついたから謝ってなんかやらないんだ。
だってレンレン、私だってレンレンに会いたかったのに。 レンレンの新しいチーム見たかったのに。 叶だけレンレンに会って、しかも試合しただなんてそんなのずるいじゃない!
「レンレン!!次試合するときは絶対私にも教えなさいよね!」
「……や、だ」
「レンレン!!」
「ヒィッ」
「少なくとも夏大は応援に行くからね!」
「……教え、ない、よ」
「レンレン!!」
「ヒィッ」
この後何度も会話がループして、夏大前にもう一度連絡を取るってことで(無理やり)落ち着いた。 レンレンのチームの話をちらっと聞いたけど、いいチームみたい。 なにより、チームメイトの話をするレンレンがすごく興奮してて。 中学の時は、絶対チームメイトの話なんかしなかったからなおさら嬉しくて。 レンレンを変えてくれた西浦のチームメイトに心から感謝した。
話の7割はキャッチャーの阿部君の話。(レンレンがあんまりにも阿部君阿部君いうものだから名前覚えちゃったよ) レンレンは阿部君のこと本当にだいすきなんだなぁと思った。 あとの3割は田島君と栄口君?と花井君?とー、あーもっといろんな名前が出てたような気がするけど忘れてしまった。 とりあえず、その3人の名前がよく出ていたような気がする。 レンレンとの電話が終わった後、電源ボタンを押して軽く息を吐く。
( 楽しそうでよかった、本当によかった )
一緒に暮らしていたころでは絶対に聞けなかった声。 子どものころに戻ったみたい。 なんだか無性に嬉しくなって、口元が緩むのが止められない。
( 次の試合は絶対見に行ってやるんだから! )
そう意気込んで、うぉっしと一呼吸。 負けてもいい、レンレンが頑張ってるところが見たい。 それで、いつか私が見に行くことが当たり前になればいい。 本当はいちいち断らないでも応援したいのだ。 それが当たり前になって、レンレンも当たり前に私に試合の日程教えてくれて。 そんな当たり前が実現すればいいのに。 そうしたら、もっともっとレンレンに近づけるのに。
( でも、とりあえずは次の試合の応援だよね )
次の試合、どうかレンレンたちがいい試合できますように。 私は部屋の窓を開けて見えた満月にそっと祈った。
けれどいつからか。 レンレンは全然笑わなくなった。
昔は、よく群馬に遊びに来ていたころは、泣き虫で、でもころっと笑う感情豊かな子だったレンレン。 でも、中学生になって三星に入って、野球部に入ってから、レンレンは変になっていった。
部活に行くのが楽しそうじゃなくなった。
家でも、あまりしゃべらなくなった。
笑わなくなった。
泣き虫なところは相変わらずだったけれど、泣き方が変わった。
声を出して泣かなくなった。
家族の前で泣かなくなった。
部屋に一人でこもって、声を押し殺すような、どうしようもない叫びを殺すような、そんな泣き方をするようになった。
私はレンレンの部屋の前まで行って、でも、声をかけられないで、ただ時々聞こえる嗚咽だけをドアの前で聞いていた。 私は、彼の学校生活に関して介在する術を持たなかった。 胸が締め付けられるように切なかった。
でもそれでも何とかしてあげたくて。 大事なイトコがあんな風に変わっていくのを間近に見ているのはつらくて。 一回、叶を呼び出して詰め寄った。
「どういうことよ」
「……」
「答えなさいよっ!……野球部、何してるの?レンレンどうしちゃったの?あんたそばにいるでしょ!?何があったのよっ!」
「……ない」
「は?」
「……三橋には、関係ない」
少し震えていた声で紡がれたのは、打ちのめされるような一言だった。 叶は顔を伏せてつぶやいたから、どんな顔をしていたかはわからなかった。 それより、言われた一言の方がショックだった。 見えない重い壁が私と叶の間にどすん、と落ちてきたみたいに。 どう頑張ってもお前はこっち側には来れない、そう言われてるみたいで。 関係ない、この一言が、いつまでもいつまでも私の心のどこかに壁を作っていた。
そう、私は部外者だった。
わかっていた。 野球部で起きた問題だったら、野球部以外の人間が口を挟むのはおかしい。 これが自分の部活内の問題だったら、私だって同じことを言っただろう。 それがわかったから、もう野球部に関して声をかけられなくなった。 レンレンも、試合があるなんて誰にも言わなくなった。 そうして一人ぼっちになってしまったレンレンは、三星から去って行った。
正直、外部を受験すると言ったレンレンに私はホッとした。 傍にいれなくなるのは寂しいけれど、この状態が続くよりずっといい。
( 私はレンレンを応援するよ、どこに行ってもレンレンは私のイトコだもの )
西浦に受かったレンレンにそう言った。
( 埼玉かー、ちょっと遠いなー。でもおばさんの母校だし、レンレンも家族と一緒に住めるし、よかった )
心配なら、このご時世携帯電話というものだってある。 メールだってできる。 そう思って、明るく家から送り出した。 レンレンがいなくなった後のうちは、少しがらんとしてしまった。
高等部に上がってしばらく経って、レンレンは西浦でうまくやっているか気になったから、上がって初めてレンレンに連絡を取ってみた。
「レンレン、元気でやってる?」
「……レンレンって、いう、な」
「あーはいはい。ごめんごめん。高校どう?」
楽しい?
「……たっ」
「た?」
「楽し、いっ、よっ」
びっくりした。それこそ次の言葉が出ないくらい。 久しぶりにレンレンの口から出た「楽しい」という言葉。 でも次の瞬間には、私にも嬉しさがこみあげてきて。
( レンレン、西浦は楽しいんだ!よかった、ホントに )
嬉しさでドキドキして、テンションが上がってしまった。 聞けば、レンレンはまた野球部に入ったという。 そうかーレンレンよかったなーと思っていたところに。
「そう、言えば、この前、三星と、し、試合……した、よ」
いきなり爆弾が落ちてきた。
はぁーーーー!?
「ちょっと、レンレン、群馬来てたの!?」
三星と試合!?いつ、どこで!? というか、なんでそれを私に教えない!!! 教えてくれてたら、絶対何があっても見に行ってたのにーーーー!!
私の剣幕にびっくりしたのか、レンレンは二の句が継げなくなったみたいで、電話口でオドオドしてた。 いつもならごめんね、っていうところだけど、今日はものすごくムカついたから謝ってなんかやらないんだ。
だってレンレン、私だってレンレンに会いたかったのに。 レンレンの新しいチーム見たかったのに。 叶だけレンレンに会って、しかも試合しただなんてそんなのずるいじゃない!
「レンレン!!次試合するときは絶対私にも教えなさいよね!」
「……や、だ」
「レンレン!!」
「ヒィッ」
「少なくとも夏大は応援に行くからね!」
「……教え、ない、よ」
「レンレン!!」
「ヒィッ」
この後何度も会話がループして、夏大前にもう一度連絡を取るってことで(無理やり)落ち着いた。 レンレンのチームの話をちらっと聞いたけど、いいチームみたい。 なにより、チームメイトの話をするレンレンがすごく興奮してて。 中学の時は、絶対チームメイトの話なんかしなかったからなおさら嬉しくて。 レンレンを変えてくれた西浦のチームメイトに心から感謝した。
話の7割はキャッチャーの阿部君の話。(レンレンがあんまりにも阿部君阿部君いうものだから名前覚えちゃったよ) レンレンは阿部君のこと本当にだいすきなんだなぁと思った。 あとの3割は田島君と栄口君?と花井君?とー、あーもっといろんな名前が出てたような気がするけど忘れてしまった。 とりあえず、その3人の名前がよく出ていたような気がする。 レンレンとの電話が終わった後、電源ボタンを押して軽く息を吐く。
( 楽しそうでよかった、本当によかった )
一緒に暮らしていたころでは絶対に聞けなかった声。 子どものころに戻ったみたい。 なんだか無性に嬉しくなって、口元が緩むのが止められない。
( 次の試合は絶対見に行ってやるんだから! )
そう意気込んで、うぉっしと一呼吸。 負けてもいい、レンレンが頑張ってるところが見たい。 それで、いつか私が見に行くことが当たり前になればいい。 本当はいちいち断らないでも応援したいのだ。 それが当たり前になって、レンレンも当たり前に私に試合の日程教えてくれて。 そんな当たり前が実現すればいいのに。 そうしたら、もっともっとレンレンに近づけるのに。
( でも、とりあえずは次の試合の応援だよね )
次の試合、どうかレンレンたちがいい試合できますように。 私は部屋の窓を開けて見えた満月にそっと祈った。
別にアベミハというわけではなく、三橋が話すならきっと阿部のことだろうという予想
2008/11/12 composed by Hal Harumiya
はちみつトースト / お願いです。私をあなたの傍にいさせてください。2008/11/12 composed by Hal Harumiya