もう遅いかもしれないけど、
お前のこと、本当に大事なんだって言ったら
お前はどういう反応をするかな?
西浦の野球部のメンツと学校の正門前で別れ、オレと廉は2人で廉の家へ向かって歩いていた。 練習が終わる時間は廉とのメールでなんとなく聞いていたから、このぐらいだろうと目星をつけて西浦に足を運んだ。 明日練習がお互い休みなのは好都合だった。
ちょっと前の練習試合、夏大、その後の廉とのメール。 それらを通して、なにか言い表せない感情がオレの中で積もっていた。
一回会ってしまったから。メールするようになったから。 「修ちゃん」ともう一度呼んでくれるようになったから。
だからなおさら近くにいないこの距離に違和感を感じて。
伝えたいことはたくさんあるのに、どうしてそばにいないのかって、とそればっかり思うようになって。 もう一度会いたくなったから、埼玉まで来てしまった。
廉のおばさんには廉には内緒で連絡した。 泊まりに行きたいんですけど、と言ったら、2つ返事でOKしてくれた。 おばさんも三星の廉の友達のこととか心配していたらしい。
転校、してしまったから。 そのことについてはあまり触れられたくなかったからあいまいにごまかした。
廉に「友達」なんていなかった。 オレしか、いや、オレと廉のいとこの三橋しかいなかった。
それなのに。
「……っ」
あの頃のことを思い出そうとすると、胸が苦しくなる。 廉にとってもつらい過去だろうけれど、オレにとっても忘れ去りたい過去だ。
救えなかった。 あんなに助けを求めていたのに、廉を救うことができなかった。 一番近くにいたのに、誰よりも廉のことを分かっていたのに。
それどころか、オレが廉から三星での居場所を奪ってしまった。 ヒイキとか、そんなもの抜きにしたって廉は三星のエースだったのに。 オレのせいで、廉は三星から、オレのそばからいなくなってしまった。
オレは何もできないまま。
後悔が胸に刺さる。
「……しゅ、修ちゃ、ん?」
ハッと声のした方に顔を向けると、廉が不安そうにゆらゆら視線をさまよわせながらこっちを見ていた。 たぶん廉には珍しく自分からオレに話題を振ったんだろうけど、最悪なことにオレは全く聞いていない。
「わ、わり。ボケっとして聞いてなかった……ごめんな、もう一回言ってくれるか?」
廉に変な気をまわさせないように、慎重に言葉を選ぶ。 そうすれば話が通じないなんてことは起こらない。 廉は少し考えるようなしぐさを見せた後、意を決したようにオレに向き合った。
「あ、あのっ……み、みんなは……どうしてる、かなって、思っ、て」
言葉がしりすぼみになるのもいつものことだけど、今日はいつもと違う。 廉は最後まで視線をオレから逸らさなかった。
( ああ、本当に吹っ切れたんだな )
廉の中では少しずつ中学のことは過去になっていってる。 だってその証拠にほら、前だったら目も合わせてくれなかった話題にだって、逸らさなくなったじゃないか。 自分の中で受け止めることができてきたんだな。
あいつらの、おかげで。
ドクッと心臓が嫌な感じではねた。
なんだこの感じ。 廉がそんな傾向を示してくれて嬉しいはずなのに。(実際嬉しいのに) 喜ばなくちゃいけないのに。
( 廉が前を向くのが、イヤなのか、オレは? )
そんな考えに至って、思わず自分の眉が寄るのがわかった。 廉はそのとたん、びくっと肩を震わせ、顔を伏せてしまった。
ああ、違う。お前に対していらついたわけじゃないんだ。 ただ、お前がどんどんオレを忘れて先へ進んでいくような気がしただけなんだ。 お前が変わってしまうのが怖いんだ。
オレの知らないところで。
オレが見ていないところで、変わらないでくれ。
ああ、そうか、オレ……。
( 西浦に、嫉妬してるのか )
どこまでも敵でしかないオレと、最後まで廉の味方でいられる西浦の奴ら。 廉に本当のエースという安心と居場所を与えた西浦。 オレができなかったことを軽くやってしまうあいつら。 それらに、オレは嫉妬しているのか。
本当はオレがそばに居てやりたかった。
今度こそ廉の味方でいたかった。 ひとりぼっちだった廉の居場所になりたかった。
( オレが、お前を守りたかったんだよ、廉 )
「廉」
名を呼ぶと、廉はさっきよりも大きく肩を揺らしておずおずと顔をあげた。 その眼にはやっぱり大粒の涙がたまっていて、今にも零れ落ちそうだった。 ズキ、と鳩尾の辺りが軋む。 泣かせたのはオレだ。 言葉が、フォローが足りなくてオレはいつも廉を泣かせてばかりだった。
「廉」
もう一度、今度はもっと優しく名前を呼ぶ。 廉は涙をためながらきょとんとオレを見る。 大丈夫、今度は絶対失敗しない。
「廉、ごめんな」
静かに口から零れた声に廉は一瞬動きを止めると、顔を真っ赤にして前でぶんぶんと両手を振った。
「な、なんっ…修ちゃん、謝るような、こと、して、ない」
なんで謝られたのか本気で分かっていない表情。
「お前を、守ってやれなくて、ごめんな」
あ、駄目だ。悔しくて声が震える。視界がぼやける。
ふがいない幼馴染でごめんな。一緒に笑ってやれなくてごめんな。
オレが失ったのは、本当に大きな存在(もの)だったよ。
くそっ。涙なんかしばらく流してなかったのに、なんでか止まらない。 せめて見られたくなくて、右腕で顔を覆う。 やべ、どうしよ、本気で止まらない。
「…くっ、…っふ……あっ、ご、ごめ、っん、なっ。カ、カッ、コ悪、いよ、な」
嗚咽に変わってしまって、息が苦しい。 こんな道の真ん中で、ガキみてぇに泣きだして。 廉心配させて。 何やってんだオレ。
こんなことするために、埼玉に来たんじゃ、ないのに。
「……ううん、カ、カッコ、悪くなんて、ない、よ!」
かすかに廉がそう言った気がするけれど、自分の嗚咽のせいでよく聞こえなかった。
「しゅ、修ちゃ、んは、ずっと、ずっと、オレの憧れ、だった、んだ」
え?オレが憧れ?
かろうじて聞こえた声に耳を疑う。 ウソだろ?だってそんなこと、オレはお前に何もしてやれてないじゃないか。
「球も速くて、自信あって、みんなから、信頼されて、る。オ、オレ、」
修ちゃんみたいなピッチャーになりたかったんだ、ずっと。
腕で隠れているから顔は見えない。 でも、声でわかる。 廉は今、キラキラした顔をしてオレを見てる、きっと。 小さいころからずっと変わらない、その表情。 廉の憧れだというオレだけが見れるその顔。
変わらないものも、あったんだ。 そんなフレーズがすんなりと頭に浮かんだ。
変わっていく廉に焦って、変わらないところに目が届かなかった。 廉は、変わらない。 変わっていくけど、変わらない。 オレの知らない廉にはならない、絶対。 今の廉の一言で、そう確信できた。 答えが出たら、涙は止まった。 嗚咽はまだ若干残っているけど、すぐに収まるだろう。
「廉」
顔を覆っていた腕を外し、もう一度名を呼ぶ。 きっともうひどい顔なんだろうけど、気にしないことにした。 廉はオレから目をそらさず、オレの目をずっと見つめていた。 変わっていくけど、変わらないんだ。
「三星の奴らは、元気だぜ。みんな廉に会いたがってる」
今日会ったって言ったら、どやされるな、オレ。
「もう一度、勝負したいってよ。お前らと」
オレもな。
ニッと笑うと、廉は一瞬逡巡した後、フヒッとぎこちなく笑みを見せた。
「オ、オレももう一度、みんな、と、試合したい、よ」
「おう!今度こそは負けねぇぞ!」
「オ、オレも、ま、負けない、よ」
同時にこぼれた笑みは幼い頃笑い合ったあの頃と変わらなかった。
「あ、メール、だ」
「なになに、誰から?」
「い、泉くん……セ、センターの」
「あーあいつ。で、何だって?」
「きょ、今日はお疲れって」
「ふーん、そんなことでもメールしてくんのかよ」
「う、うんっ!オ、オレすごく、うれしい、よ」
「……そ、そっか……(ちぇ、)」
「……あ」
「?……どうした?」
「う!ううんっ、な、なんでもない、よっ」
「?そっか?」
「うんっ、は、早く帰ろ?お母さん、きっと、待ってて、くれて、る」
「そだな。よし、急いで帰ろーぜ」
( よ、よかった……へ、変に思われて、ない、よ、ね? )
( 明日は、10時頃、家を出るつもり、だ、よ、と )
( ?い、泉くん、な、なんか用事でも、あるの、かな、? )
Time 20XX/XX/XX 21:58
From 泉孝介
Sub 無題
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三橋お疲れ!今日はゆっくり休めよ!
ところで明日、お前叶と何時に出かける予定なんだ?
教えてくれるとありがたい。
あ、このこと叶には言うなよ!
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お前のこと、本当に大事なんだって言ったら
お前はどういう反応をするかな?
西浦の野球部のメンツと学校の正門前で別れ、オレと廉は2人で廉の家へ向かって歩いていた。 練習が終わる時間は廉とのメールでなんとなく聞いていたから、このぐらいだろうと目星をつけて西浦に足を運んだ。 明日練習がお互い休みなのは好都合だった。
ちょっと前の練習試合、夏大、その後の廉とのメール。 それらを通して、なにか言い表せない感情がオレの中で積もっていた。
一回会ってしまったから。メールするようになったから。 「修ちゃん」ともう一度呼んでくれるようになったから。
だからなおさら近くにいないこの距離に違和感を感じて。
伝えたいことはたくさんあるのに、どうしてそばにいないのかって、とそればっかり思うようになって。 もう一度会いたくなったから、埼玉まで来てしまった。
廉のおばさんには廉には内緒で連絡した。 泊まりに行きたいんですけど、と言ったら、2つ返事でOKしてくれた。 おばさんも三星の廉の友達のこととか心配していたらしい。
転校、してしまったから。 そのことについてはあまり触れられたくなかったからあいまいにごまかした。
廉に「友達」なんていなかった。 オレしか、いや、オレと廉のいとこの三橋しかいなかった。
それなのに。
「……っ」
あの頃のことを思い出そうとすると、胸が苦しくなる。 廉にとってもつらい過去だろうけれど、オレにとっても忘れ去りたい過去だ。
救えなかった。 あんなに助けを求めていたのに、廉を救うことができなかった。 一番近くにいたのに、誰よりも廉のことを分かっていたのに。
それどころか、オレが廉から三星での居場所を奪ってしまった。 ヒイキとか、そんなもの抜きにしたって廉は三星のエースだったのに。 オレのせいで、廉は三星から、オレのそばからいなくなってしまった。
オレは何もできないまま。
後悔が胸に刺さる。
「……しゅ、修ちゃ、ん?」
ハッと声のした方に顔を向けると、廉が不安そうにゆらゆら視線をさまよわせながらこっちを見ていた。 たぶん廉には珍しく自分からオレに話題を振ったんだろうけど、最悪なことにオレは全く聞いていない。
「わ、わり。ボケっとして聞いてなかった……ごめんな、もう一回言ってくれるか?」
廉に変な気をまわさせないように、慎重に言葉を選ぶ。 そうすれば話が通じないなんてことは起こらない。 廉は少し考えるようなしぐさを見せた後、意を決したようにオレに向き合った。
「あ、あのっ……み、みんなは……どうしてる、かなって、思っ、て」
言葉がしりすぼみになるのもいつものことだけど、今日はいつもと違う。 廉は最後まで視線をオレから逸らさなかった。
( ああ、本当に吹っ切れたんだな )
廉の中では少しずつ中学のことは過去になっていってる。 だってその証拠にほら、前だったら目も合わせてくれなかった話題にだって、逸らさなくなったじゃないか。 自分の中で受け止めることができてきたんだな。
あいつらの、おかげで。
ドクッと心臓が嫌な感じではねた。
なんだこの感じ。 廉がそんな傾向を示してくれて嬉しいはずなのに。(実際嬉しいのに) 喜ばなくちゃいけないのに。
( 廉が前を向くのが、イヤなのか、オレは? )
そんな考えに至って、思わず自分の眉が寄るのがわかった。 廉はそのとたん、びくっと肩を震わせ、顔を伏せてしまった。
ああ、違う。お前に対していらついたわけじゃないんだ。 ただ、お前がどんどんオレを忘れて先へ進んでいくような気がしただけなんだ。 お前が変わってしまうのが怖いんだ。
オレの知らないところで。
オレが見ていないところで、変わらないでくれ。
ああ、そうか、オレ……。
( 西浦に、嫉妬してるのか )
どこまでも敵でしかないオレと、最後まで廉の味方でいられる西浦の奴ら。 廉に本当のエースという安心と居場所を与えた西浦。 オレができなかったことを軽くやってしまうあいつら。 それらに、オレは嫉妬しているのか。
本当はオレがそばに居てやりたかった。
今度こそ廉の味方でいたかった。 ひとりぼっちだった廉の居場所になりたかった。
( オレが、お前を守りたかったんだよ、廉 )
「廉」
名を呼ぶと、廉はさっきよりも大きく肩を揺らしておずおずと顔をあげた。 その眼にはやっぱり大粒の涙がたまっていて、今にも零れ落ちそうだった。 ズキ、と鳩尾の辺りが軋む。 泣かせたのはオレだ。 言葉が、フォローが足りなくてオレはいつも廉を泣かせてばかりだった。
「廉」
もう一度、今度はもっと優しく名前を呼ぶ。 廉は涙をためながらきょとんとオレを見る。 大丈夫、今度は絶対失敗しない。
「廉、ごめんな」
静かに口から零れた声に廉は一瞬動きを止めると、顔を真っ赤にして前でぶんぶんと両手を振った。
「な、なんっ…修ちゃん、謝るような、こと、して、ない」
なんで謝られたのか本気で分かっていない表情。
「お前を、守ってやれなくて、ごめんな」
あ、駄目だ。悔しくて声が震える。視界がぼやける。
ふがいない幼馴染でごめんな。一緒に笑ってやれなくてごめんな。
オレが失ったのは、本当に大きな存在(もの)だったよ。
くそっ。涙なんかしばらく流してなかったのに、なんでか止まらない。 せめて見られたくなくて、右腕で顔を覆う。 やべ、どうしよ、本気で止まらない。
「…くっ、…っふ……あっ、ご、ごめ、っん、なっ。カ、カッ、コ悪、いよ、な」
嗚咽に変わってしまって、息が苦しい。 こんな道の真ん中で、ガキみてぇに泣きだして。 廉心配させて。 何やってんだオレ。
こんなことするために、埼玉に来たんじゃ、ないのに。
「……ううん、カ、カッコ、悪くなんて、ない、よ!」
かすかに廉がそう言った気がするけれど、自分の嗚咽のせいでよく聞こえなかった。
「しゅ、修ちゃ、んは、ずっと、ずっと、オレの憧れ、だった、んだ」
え?オレが憧れ?
かろうじて聞こえた声に耳を疑う。 ウソだろ?だってそんなこと、オレはお前に何もしてやれてないじゃないか。
「球も速くて、自信あって、みんなから、信頼されて、る。オ、オレ、」
修ちゃんみたいなピッチャーになりたかったんだ、ずっと。
腕で隠れているから顔は見えない。 でも、声でわかる。 廉は今、キラキラした顔をしてオレを見てる、きっと。 小さいころからずっと変わらない、その表情。 廉の憧れだというオレだけが見れるその顔。
変わらないものも、あったんだ。 そんなフレーズがすんなりと頭に浮かんだ。
変わっていく廉に焦って、変わらないところに目が届かなかった。 廉は、変わらない。 変わっていくけど、変わらない。 オレの知らない廉にはならない、絶対。 今の廉の一言で、そう確信できた。 答えが出たら、涙は止まった。 嗚咽はまだ若干残っているけど、すぐに収まるだろう。
「廉」
顔を覆っていた腕を外し、もう一度名を呼ぶ。 きっともうひどい顔なんだろうけど、気にしないことにした。 廉はオレから目をそらさず、オレの目をずっと見つめていた。 変わっていくけど、変わらないんだ。
「三星の奴らは、元気だぜ。みんな廉に会いたがってる」
今日会ったって言ったら、どやされるな、オレ。
「もう一度、勝負したいってよ。お前らと」
オレもな。
ニッと笑うと、廉は一瞬逡巡した後、フヒッとぎこちなく笑みを見せた。
「オ、オレももう一度、みんな、と、試合したい、よ」
「おう!今度こそは負けねぇぞ!」
「オ、オレも、ま、負けない、よ」
同時にこぼれた笑みは幼い頃笑い合ったあの頃と変わらなかった。
「あ、メール、だ」
「なになに、誰から?」
「い、泉くん……セ、センターの」
「あーあいつ。で、何だって?」
「きょ、今日はお疲れって」
「ふーん、そんなことでもメールしてくんのかよ」
「う、うんっ!オ、オレすごく、うれしい、よ」
「……そ、そっか……(ちぇ、)」
「……あ」
「?……どうした?」
「う!ううんっ、な、なんでもない、よっ」
「?そっか?」
「うんっ、は、早く帰ろ?お母さん、きっと、待ってて、くれて、る」
「そだな。よし、急いで帰ろーぜ」
( よ、よかった……へ、変に思われて、ない、よ、ね? )
( 明日は、10時頃、家を出るつもり、だ、よ、と )
( ?い、泉くん、な、なんか用事でも、あるの、かな、? )
Time 20XX/XX/XX 21:58
From 泉孝介
Sub 無題
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三橋お疲れ!今日はゆっくり休めよ!
ところで明日、お前叶と何時に出かける予定なんだ?
教えてくれるとありがたい。
あ、このこと叶には言うなよ!
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埼玉の案内シーンなんて書けないごめんなさい
2008/10/24 composed by Hal Harumiya
はちみつトースト / 見失ったものは、2008/10/24 composed by Hal Harumiya