もしかして、怖いの?

怖がってるようじゃ、本当にほしいものなんか手に入らないとオレは思うけど。




 最近やたらと水谷が三橋を見てる。
 たいていオレは三橋の近くにいるから、(通訳兼阿部の宥め役として)三橋と接する機会も多い。 というか自ら進んで三橋の近くにいる。

 だって三橋最近おもしろいんだもん。
 入部したころ全くと言っていいほど合わなかった目も今はばっちりぶつかるようになったし。 会話が全然成り立ってくれないのも、ただぐるぐる考えすぎなくらい考えすぎてて言葉が出ないだけなんだってわかったし。 タネがわかると、そんな傍から見たら挙動不審な様子もイライラしないで見守ることができる。 むしろ、がんばって会話を続けようとする姿が逆に涙ぐましい。 (よし三橋あと少しだ!頑張れ!)なんて応援したくなるほどの勢いだ。

 そんなだから、三橋のことをある程度理解しているオレや泉、田島なんかはよく三橋のそばにいる。 実際三橋はいろいろ考えてて、言葉に起こすと納得されられることをたまーに言ったりする。
 お勉強はできないけれどよく考えている。
 それがオレらの三橋という人物の評価だった。

 だけれど、部活の仲間がみんなオレらみたいな捉え方をしているかっているとそれは違う。
 代表は阿部だ。
阿部は三橋のことを理解しようとしているけれど(実際自分では理解しているつもりなのだろうが)、根本的にかみ合っていない。 三橋の過去のことも知識として知ってるし、頭ではわかっているつもりなんだろうけど、心で理解していないと思う。 だから三橋に起こった経験を自分のこととして感じ取れないんだ。
 三橋は三橋で阿部を信頼しているけど、阿部から理解されていないのを本能的に感じ取ってるんだろう。 あとでかい声も嫌いだから、たぶん三橋の深層心理で阿部君=怖い人という図式が立ってるんだろうな。
 だからかみ合わないんだ三橋と阿部は。 お互いにずれてるとわかっているのに、性格の問題でお互いに歩み寄りきれなくてそれを直すまでの段階に至っていないんだ。
 お互い大事にしていきたいのに。
 と、オレ的に2人の関係を分析してみる。

 あと、花井もだな。
 花井は面倒見がいいから特に顔には出さないけど、三橋のことは何考えてんだかわかんねーと思ってそうだ。 どちらかというと、阿部寄りな思考だしね。
 巣山とか沖とか西広とかは、冷静に三橋を見てる気がする。 冷静に見てる分、今の三橋につかず離れずのポジションを取ってオレら野球部のバランスとりをしてくれていると思う。

 じゃあ、件の話に戻って水谷は?
 そこでオレは引っかかる。
 正直水谷が積極的に三橋に絡んでいるところなんて見たことがない。 そして三橋もそれがわかってるから水谷にはあまり話しかけない。 ごくたまに偶然数人で休憩一緒のときに二言三言話すくらい。 もしかしたらオレの見ていないところでなんか話してるかもとも思ったが、お互いの様子を見ている限りそれはない。 お互いに特に話すことがなさそうだからだ。 共通点は野球のみ。他は性格も感性も趣味だって全然違うのではないか。

 そんな感じだったのに、ここのところ水谷はよく三橋の方を見てる。
 近くにいるから何となく視線を感じて振り返るとたいてい水谷か阿部だ。(まあ、この際阿部は置いておこう、いつものことだし)
 対角線上にいる時も三橋を見ていて、オレと目が合うと普段ならにへっとしまりのない笑みをよこす水谷が、慌てて顔を背けるなんていうこともあった。 そんなに三橋が気になるなら話しかければいいのに、水谷は一向にそうしない。 ただ三橋をじっと見つめるだけ。
 今日も今日とてそんな水谷に思わずため息がこぼれる。 当の三橋はというと、視線に気づいて振り返る時は水谷はうまい具合に視線をそらすから(なんでそんなのはうまいんだ)、少しおどおどするが気づいていないようだ。 そして三橋がまた違う方を向くと、また水谷は三橋を見るのだ。
 ……あーーーーーっ、もうなんかイライラする。

 ( 水谷……言いたいことあるなら言えばいいじゃん )

 ただ見てるだけでオレの視線に気づいて!なんて、今時の高校生はやらないよ?

 ( どんな乙女思考だよ、水谷 )

 頭に手を当ててみる。特に頭痛はしないけれど、したっておかしくない。 そもそも三橋に対して受け身なのが気に食わない。 それぐらいはこの短い付き合いで気づいてるやつだと思っていたけれど。

 ( そうでもないのか? )

 三橋と付き合う鉄則の第一条は「何をするにも自分から」だ。 決して三橋から何かしてくるとは思わないことだ。 三橋をバカにしてるんじゃなくて、三橋はそういうやつだってわかっているから。 慣れて仲良くなったらもしかしたら違う一面を見せてくれるかもしれないけれど。 それでも今は付き合いが浅いのだから、これは鉄則だ。
 まさか知らないわけじゃあるまいに。

 ( …………ホントに知らなかったりして )

 一瞬そんな事を真面目に考えてみる。 そう思えるくらい水谷と三橋は疎遠だったのだ。
 それなら水谷に、三橋と仲良くなるにはどうしたらいいか教えなければなるまい。
 何様のつもりだとも思うが、二人とも友達になるに越したことはないし。 いや、そこまでおおげさじゃなくても、水谷にちょっとしたきっかけを与えてやればいい。
 なんでだか動けなくなってる水谷に。
 三橋と自然に話ができるきっかけを。

 そうと決まれば、ちょっとオレが一肌脱いでみようか。

 「水谷ーーーー」

 オレはベンチで休憩していた水谷を呼ぶと、こっちへ来いという意味合いも込めて軽く手招きした。 水谷はなんだぁ?と頭に盛大に疑問符を浮かべながら、オレの座っている木蔭へやってきた。
 まあ、座れよ、と隣を叩くと水谷はそこにストンと腰を下ろした。
 そのまま、少し沈黙。
 オレはどう切り出したものか考えていたのだけれど、いつもなら「なんだよー栄口」ぐらい言うはずの水谷が今日はおとなしい。
 どうしたのかと視線を追ってみると。

 ( ああ、やっぱりね )

 その先には田島とじゃれている三橋の姿があった。 水谷の表情からは何も読み取れないけれど、少し遠い眼をしている。
 いったい何を考えているんだか。

 「……三橋と仲良くなりたいの?」

 直球勝負。
 水谷みたいな変化球タイプには直球で押した方が効果がある気がする。
 案の定、水谷はえっと言葉を詰まらせると、視線をオレと三橋に交互に投げ、最後にはうつむいて小さく頭を縦に振った。 やっぱりオレのカンは間違ってなかった。

 「それなら三橋に話しかければいいじゃない」

 仲良くなりたいんだけどって言えばいいじゃない。 そう問うと、水谷ははじかれたように顔をあげ悔しそうに視線を俺から逸らした。

 「だ、だって……オレ三橋に嫌われてるもん」

 やっと絞り出したその言葉にオレは無意識に口をポカンと開けてしまった。

 「……どこをどう見てそう思うわけ?」

 ああ、本当に頭痛してきそう。
 三橋が誰かを嫌う? 同じチームメイトを嫌う? そんなこと、絶対あり得ないと思う。
 水谷はか細い声でぶつぶつと言葉を紡ぐ。

 「だって、三橋オレと目、合わせてくんないんだもん。お前らに話すみたいに笑ってくんないしさ。オレ嫌われてんのかなって思っちゃってもしょーがないでしょ?」

 な。

 今度こそオレは絶句した。
 やっぱりだ、こいつは全然わかってなかった。 オレらの努力も、三橋の態度の原因も、水谷は何一つわかっちゃいない。
 こいつが求めてるのは結果だ。 過程という段階を通り越して、結果を見ている。
 そんな甘えた態度に心底イライラしたけれど、なんとか言葉を絞り出す。 それが思ったよりそっけなくなっちゃったのは、うん、もはやしょうがないよ。

 「で、お前は三橋がいつ笑いかけてくれるのかなーと期待しながら毎日三橋を見てたわけ」

 びくっと水谷の肩が揺れる。
 あ、気付いてましたか、と顔を真っ赤にしてぺこぺこと頭を下げていた。 そんな水谷を見ていると、なんだかイライラしてんのがばからしくなってきた。
 これはあくまでオレの想像だけど、と前置きする。

 「水谷、三橋の中学時代の話、知ってるよね」

 極めて冷静に、思っていることを伝えよう。
 尋ねると、水谷はあ?と首を傾げたけれど、こくっとうなずいた。

 「じゃあ、水谷自身がチームメイトにいじめられた経験は?」

 今度はぶんぶんと首を大きく横に振る。 水谷は本当人当たりはいいし、中学ん時はうまく付き合ってたんだろう。
 それでもそんなことを聞いたのは。

 「じゃあ、自分が中学時代のチームメイトに徹底的に無視されていたら、どうする?」

 水谷の顔がバッとあがった。
 一瞬意味を図りかねる顔をして、次の瞬間思い当ることがあるかのように表情が一瞬固まった。

 「それって……どういう意味?」

 硬い表情のまま、水谷が尋ねる。

 「言葉通り。透明人間みたくまるでそこに存在しないかのようにふるまわれるってこと」

 無機質に冷静にそう告げると、水谷の顔が即座に恐怖に染まる。

「そ、そんなのっ怖すぎるよ!オレそんなだったら即行野球部やめ……」

 水谷の口が不意に止まって、焦ったように俺の方を見た。
 その眼は何よりも雄弁で。
 だからオレは、

 「……たぶんね」

 短く答えた。
 そうたぶん。あくまで想像の域を出ない架空の話。 でもオレは限りなく真実に近いんじゃないかと思っている。

 「でもそれじゃっ……」
 「だから三橋はあんなに投げることにこだわってるんだよ」

 それが自分の存在を許してくれる唯一の場所だから。 そこにしか自分がないから。 後ろ指刺されても、どんなことされても三橋はそこを譲れなかった。
 だから三橋は。

 ( 負の感情にすごく敏感なんだ )

 水谷が向けていたのは正確には負の感情ではないかもしれない。 でも三橋にとって興味がないことは負の感情なのだ。 自分の存在をまるっきり否定していることになるから。
 だから自分に負の感情を持つ水谷に三橋は近づかなかった。 いや、近寄れなかった。 どんなに仲良くしたいと思っていても。 自分に仲良くなる資格なんてないとも思ったかもしれない。 だから三橋からは絶対動けないんだ。
 こっちから、三橋に興味を示さない限りは。

   「水谷が自分から目を合わせたいとか、仲良くなりたいとか思わない限り、三橋は動けないんだよ」

 悪意をぶつけられるのが怖くて、仲良くなりたいと思っても自分なんかと仲良くなんてしてくれないと思ってしまう。
 そこまで話すと、水谷は何か考え込むように頭を抱えた。

 「オレ、三橋のこと何にもわかってなかった」

 ぼそっと呟かれた言葉は、悔しさがにじみ出ていた。 オレだってこんなのは想像の域でしかない。
 でも、三橋がこんな俺の想像をはるかに超えるつらい経験をしてきていることぐらいはわかる。
 だから三橋を支えてやりたいと思っているのだ。 つらい中学時代の代わりに高校を楽しく幸せな思い出でいっぱいにしてやりたい。 そう思わせる何かが三橋には確かにあったのだ。
 水谷がふと顔をあげた。

 「オレ、オレ三橋ともっと話がしたいよ、チームメイトとして、友達として」

 だけど。

 「いまさら……改めて友達になろう、なんて……は、恥ずかしくて言えないじゃん」

 水谷は腕にうっすら赤くなった顔を埋めながらぼそぼそ呟いた。


 ……この期に及んでまだ言うか。

 「なに、もしかして拒絶されるの怖いとか?」

 茶化すようにそう言うと、水谷は焦ったように首をぶんぶんと振る。

 「べ、別にそんなわけじゃ……あーもう、わかりました!怖いですよそうですよ」

 自棄になった水谷に今度はこっちがポカンとする番だった。

 「え、マジ?」

 「そりゃそうでしょ。だって、こっちはめったに笑いかけてもらえないんだぜ、お前らと違って」

 そういえばそうだった。
 まあ、オレらだって努力と忍耐の結果今の関係を築けたわけだし。
 それに。

 「三橋は、絶対に嫌わないと思うよ」

 むしろ、目キラッキラさせて喜ぶんじゃないかな、あいつ。
 あー簡単に想像できるよ。 でも、なんとなく水谷にそんなキラキラした顔向けるのは面白くないかな、なんて。
 そんなことを考えてるとはつゆ知らず、水谷はよし!と意気込んで。

 「オレ、三橋と話してみるよ!んで、友達になってもらう!んで笑ってもらう!目、合わせてもらう!」

 三橋のいるベンチの方へ走って行った。
 途中、こっちを振り返りながら栄口ーありがとなーと大声で叫んでいた。
 これで、四六時中感じていたあの視線も少しは和らぐ、かな?

 ( よかったな、三橋!みんなお前と仲良くしたいってよ! )

もちろん、オレもな。 今以上にもっともっと楽しい時を一緒にすごそうな。




三橋も栄口も水谷も性格悪い子になった 一歩間違うとさか→みず
2008/11/2 composed by Hal Harumiya


はちみつトースト / もしかして、怖いの?