その瞳に俺以外を映さないで、ずっと俺だけを見てて

「わー、日本ーこっちこっちー!」
「日本、久しぶりだな」
「日本ー、来たあるよー」
「元気だった?」

そんな彼らの挨拶にいちいち丁重に返事を返す日本。

「なんですか、イタリアさん」
「お久しぶりですね、イギリスさん」
「はいはい、今行きますよ」
「ええ、ギリシャさんもお変わりなく」

そんな挨拶を延々と続けてる。
嫌な顔一つせず。
確かにそれが外交だ。
相手にいい顔をし、油断させ、自分の国が有利な方向に持っていく。
それが外交のABCのAであることは分かっている。
まだ、外交を始めたばかりの日本でも、着実に外交のノウハウを身に着けているようだ。
いや、日本の場合は無下に出来ず、本来の柔和な性格とも相まって捕まっているといったところか。
それがおもしろくない。

(なんだいなんだい、楽しそうに話をしちゃってさ、この場に初めて連れて来たのは俺なのに)

まずは俺のところに挨拶に来るものじゃない?

ムカムカムカ。

なんか、よくない感情が自分の胸に巣くう。
さっきから何回も目が合ってるのに。
その度に今そっちに行きますから、と身振りで示しているのに。
もう15分も経っているんだけどね。
そんな君はまた別の国に捕まっていて。

ああ、こっちに来れそうもない気配。

イライラ。

いいさ、君が来られないならこちらから出向くまでだよ。
一直線に日本のところに向かう。

「日本!」

後ろから呼びかけると日本はビクッと肩を震わせた。

「ア、アメリカさん……ちょっと待ってください。今お話の途ちゅ」
「待てないね」

そう言い返して、俺は日本の手をとり会場の外へ向かった。

「悪いけど、日本借りるよ?ごめんね」

相手が誰かは全然見ていなかったから分からないけれど、まあ、知らなくても別に問題にはならないだろう。

「ちょ、ちょっとアメリカさん!まだ私話して……」
「そんなの関係ないね」

彼の言葉を一蹴する。
日本と2人きりにならないとこのイライラは収まりそうにない。


「放して下さい!!」

目的の場所に着き、そう言われて俺は素直に放した。
日本と2人でいるという事実が単純にうれしくて頬が緩んだ。
さっきまでのイライラもどこかに吹っ飛んだらしい。

「まったく……あんな別れ方は先方に失礼です!ちょっと待ってくださいと言ったじゃないですか!」

日本は頬を上気させて怒っていた。
ねぇ、そんな風に怒ってくれるのがすごくうれしいって言ったら、君はますます怒るかな?

「だって、君は来る来ると言って全然こっちまで来なかったじゃないか。だから俺が迎えに行ったんだよ」

そう返すと、日本は困ったような表情で俺を見上げた。

「し、しかし……話しかけてくださる方々を無視するわけにはいかないでしょう?」

視線は鋭いけれど、全然怖くないよ。

「そんなの無視しちゃえばいいんだよ」

そうして早く俺のところに来ればよかったのに。
そう言うと、彼はぽかんと口をあけて俺を見ている。
どうやら、俺の答えは彼を呆れさせるものだったらしい。

「あ、あなたはそれでもいいでしょうけど、私は外交しなければいけなくて必死なんですよ!!」

マジメな日本らしい答えだけど、ダメだね、40点だよ。

「外交なんてやめちゃえばいいのに」

心底俺はそう思った。

「あっ、あなたが私を外に引っ張り出したんでしょう!?いまさら何を言ってるんですか!!」
本気で怒りますよ!?

どうやら本気で怒らせたらしい。
さっきまでの怒りとは明らかに質が変わっている。
でも、本当の気持ちだし。

「君が喜ぶと思って外に連れ出したんだ。いろんな世界を見てほしかった。同じものを見たかった」
だけど。
「最初のうちはそれでよかった。君は喜んでくれたし、俺と同じものを見てくれた。俺だけを見てくれた」

それが嬉しかった、幸せだった。
君は俺のものだって、思ってた。

「だけど君は周りに気をとられ始めて、俺を見なくなった。他のやつらと話をして微笑んで……」
「ア、アメリカさん……」
「それがおもしろくなかった。君は俺が連れ出したのに……俺をすり抜けてどこかへ行こうとする」

そんなのおもしろくないに決まってるじゃないか。
話しているうちに日本と俺の距離は縮まっていた。
腕をちょっと伸ばすだけで、すぐに抱きとめられる距離。
ねぇ日本。気づいてよ。

「その瞳に俺以外を映さないで、ずっと俺だけを見てて」

そう言って俺は彼を腕の中に閉じ込めた。
何か言おうとしていた彼を力いっぱい抱きしめて。
徐々に抵抗しなくなる彼にますます愛しさが募った。

それが俺の君への願いだよ。
ずっと俺のそばにいてよ。

俺はもう、初めて会ったときから君以外何も見えなくなってるんだから。




子供ゆえの純粋さや危うさを書きたかった
2007/05/19 composed by Hal Harumiya


Lacrima / その瞳に僕以外を映さないで、ずっと僕だけを見てて