あいたくて

ずっとずっと探していたの。

「敦盛さん…」

あなたを、ずっと。

「敦盛さん…どこ?」

あなたがあの竜巻に呑まれてからも、ずっと。

「あつ…もり…さ」

あなたは生きてるってそんな感じがしてたから。

「あつ…っ…ふ…どこよぉ!」

認めたくなかった。あなたが消えてしまったなんて。
それが定めと言われようと、なんと言われようと。
こんなにも、こんなにも焦がれているのに。
存在しないなんてありえない。認められない。
そんなの死んでしまうよりタチが悪い。
敦盛さんは怨霊だから、待っているのは死ではなく、消滅。
後に何も残らない。
その体も、着ていた服も、すべて廻る五行の中へ。
それがどんなにつらいことか、何も残されずにいなくなられてしまうことがどんなに切ないか。
わたしは初めて知った。
初めから存在しない人として扱われるのは我慢ができなかった。

「敦盛は…きっと五行のうちに還っていった」

ってみんな言う。
彼がいなくなってからしばらく、わたしは抜け殻のようだった。
いつもあの人の姿ばかりを探して、食事もろくにしようとしなかった。
だから、そんなことを言ったのはわたしのためだって分かる。
それが痛いくらい分かる、分かっている。
つらかった。

「違うっ!敦盛さんは、まだ生きてる。……そんなこと言わないでっ」

怒鳴ってしまったこともある。我慢できなくて、信じられなくて。
そうして、邸を飛び出した。
朔だけは何も言わずにわたしを見守っていてくれた。
朔もつらい経験をしたことがあるって言ってた。

「そのときの私もちょうど今のあなたみたいだった」

と。

「あきらめられないものよ。自分が納得するまでやらないと」

そう言って、わたしの背を押してくれた。
だからわたしは今日もここにいる。
敦盛さんが消えた、厳島の海岸に。
ここに来るといろんなことを思い出す。微かな笑いがこみ上げてくる。
自分が白龍の神子だったこと。
源氏に混じって怨霊を封印したこと。
敦盛さんに会って、笛を吹いてもらって……。
一緒に鈴を、買って……。
あーあ、やだなぁ。思い出すのは敦盛さんのことばっかりなんだもん。
泣きたくて、でも笑いたくて、もうどっちなのか分からない。
ふふっ、わたし本当に敦盛さんすきだな……。本当にだいすき。
もう、一生この気持ちは消えないんだろうな。

「……子っ」

ああ、ほら考えてたら幻聴まで聞こえてきたよ。…敦盛さんに会いたい……。

「神子っ」

……え?
うそ、だってこの声……この声は……。
あの人だ、と認識した瞬間、わたしは彼の胸に飛び込んでいた。

「っみ」

敦盛さんは肩をびくっと揺らして。ああ、その反応、本物の敦盛さんだ。
そう思ったら涙が…止まらなくなった。

「あっつ…っもり…っさぁ」

嗚咽交じりの声。苦しくて、息できなくて、でも絶対敦盛さんは離さなかった。
敦盛さんは恐る恐るって感じでわたしをそっと抱きしめ返してくれた。

「神子…すまない……私が泣かせてしまったのだな」

ああ、その謝り方。神子っていう呼び方。その声のトーン。
懐かしくて、愛しくて、もう胸が張り裂けそう。

「っやっと、や…っと、会えた……」

会いたかった……。

わたしはそれだけ言うのに精一杯で。
そうしたら敦盛さんのわたしを抱きしめる腕が少し強くなった。
< BR> 「本当にすまない……神子。あ、あの…私も……会いたかった」

幸せで死んじゃいそうな気持ちって、こういうことじゃないかなって思った。
本当に幸せだった。あなたも会いたいって思っててくれたことが。

「本当に……?」

会えたことでいっぱいだった私の胸はもう広がって。
もっと気持ちをちょうだいとねだる。
だから意地の悪い聞きかたをした。
敦盛さんはわたしの気持ちを分かっているかのようにふっと笑って、

「ああ、本当だ。私も神子にすごく……会いたかった」

と言ってくれた。
やっと止まった涙がまたじんわりと溢れてきて、わたしは敦盛さんの服に顔をうずめた。
そのまま喋る。真っ赤になった顔なんて見せられない。

「っ敦盛さん、今までどこ行ってたのっ!?」

怒るのは筋違いだと分かっている。でも、聞かずにはいられなかった。
敦盛さんはわたしの頭を軽く撫でながら話し出した。

「知らない土地にいた。気がついたら見たこともないようなところに私はいた。どうすればいいのかわからなくて立ち尽くしていた。そうしたら……」

そこで敦盛さんは不意に話をきった。不思議に思って顔を上げると、わたしを見下ろすその目と視線がぶつかった。
見つめあったまま、また敦盛さんは喋りだした。わたしに言い聞かせるかのように。

「そうしたら、神子の声が聞こえたんだ。敦盛さん、と私を呼んでいた。とても悲しそうな声だった」

真剣な顔で敦盛さんは言葉を紡ぐ。

「その声に導かれるように私はここまで来た。そうしたらあなたの後姿が見えた。私は思わず叫んでいた、神子っ、と……」

視線をぶつけたままわたしはその言葉をかみ締めていた。
わたしの声が聞こえたの?わたしが呼んだから、ここに来たの?
そう思っただけで、神に感謝したくなった。
諦めなくてよかったと、心からそう思った。
じゃあ、これからは……。

「じゃあこれからはずっと一緒にいれますね」

そう言うと、敦盛さんはその顔を曇らせた。

「神子……すまない。私は、あなたとずっと一緒にいることは……できない」

え?
わたしは絶句した。
どういうこと?……だってせっかく帰ってきて、ここにいるのに。

「私は今もなお怨霊の身なのだ。だからいつかはその定めに従い還らねばならない」

苦しそうに話す敦盛さん。
怨霊って?すべてが終わったのに、どうして敦盛さんは怨霊なの!?
心のどこかで期待していた。すべてが終わったら、もしかしたら龍神様が……敦盛さんを人間にしてくれるんじゃないかって。
わたしの願いを叶えてくれるんじゃないかって。
でも、それは叶わなかった。世の理はさしもの龍神様でも無理のようだ。
誤った存在が正しき道に還るのは道理。
でも、でも。そんなんじゃこの気持ちは割り切れない。

「どうして……」

それだけ紡ぐのが精一杯だった。
もうショックすぎて涙も出てこない。
そんなわたしを敦盛さんは優しく抱きしめて、

「だから私はここに来たのだ。逆鱗を割った後、龍神に尋ねられた。『このまますぐ五行に還るか、それとも……』と」

と言った。

「私は選ばなかった。選ぶ必要もなかった。神子に会い、伝えていないこの胸の内をどうしても伝えたかった」

切々と敦盛さんは語る。わたしは黙ってそれを聞いていた。聞くしかなかった。

「後悔はもうしたくなかった」

そう言うと、敦盛さんはわたしを軽く体から離した。そして向き合う。

「神子、私は……神子がすきだ。本当に……すきだ。ずっとずっとこの姿がいつか消えるまで、いやその先も私は……ずっとあなたがすきだ」

しばらくわたしたちは向かい合ったまま動かなかった。
言葉がわたしにすっと染みていく。
なんて言っていいのか分からなくて、でも嬉しかった。
だいすきな人からすきだと言ってもらえてわたしは本当に幸福な人間だ。
たとえ、敦盛さんが明日消える運命だとしても、この気持ちは続いていく。
ずっときっと永遠に。
そう思ったら、なんだか肩の荷が下りたようだ。
わたしはにっこり笑って、

「わたしも敦盛さんがすき。あなたと出逢えて本当によかった。だいすきです」

と言った。
やっと通じた2人の想い。

わたしはこの日を一生忘れない。
ずっとずっと会いたかった、わたしの運命の人。

「ねぇ敦盛さん。わたしの名前を呼んでください」
「!?…し、しかし……わかった……。…の、望美……」
「だいすきです、敦盛さん」




シリアスになりそうなところ、何とか方向性を変えて甘く甘くを目指してたらやっぱりシリアスになったという一作
2005/03/23 composed by Hal Harumiya