羽張彦さんがいない今、布都彦の一族は布都彦が支えているようなものだと、聞いたことがある。
布都彦の一族が再興するのも二度と日の目を見ることもかなわなくなるのも、布都彦次第だと。
噂話が好きな役人たちの話を立ち聞きしたから、たぶんほぼ間違いないだろう。
それはつまり端的にいえば、布都彦は将来名家のお嬢さんと結婚しなければならない、ということだ。 政略結婚だろうが、それなりに名のあるお嬢さんを娶ればかつてのような栄華も国からの寵愛も受けることができるということなんだろう。 それが布都彦の肩に全て掛かっているのだ。
( わたしじゃ……ダメ、なんだよねきっと )
その事実に胸が締め付けられるようだった。
いくらいいところのお嬢さんといっても、わたしはこの国の唯一の王族で、姫で。 布都彦は一介の兵士。 一般的に見たら、身分違いもいいところだと、狭井君が仰っていたっけ。
さらに姉様と布都彦のお兄さんは世間的には駆け落ちしたということになっている。 姉様が布都彦のお兄さんにかどわかされた、と。 そんなことがあって、本当に悔しいけれどわたしと布都彦の仲を認めてくれる人なんていないに等しい。
( わたしがただの「芦原千尋」だったらよかったのに…… )
それならわたしはどこにだって行ける、あの人と二人でどこだって。
でも、わたしたちはお互いに大きなものを背負いすぎている。
布都彦は自分の一族の命運を。
わたしは国、この豊芦原を。
何もかも捨てて、ここからいなくなることなんて、わたしにはできない。
できなくなってしまった。
大事なものを抱えすぎてしまった。
でも。それでも。
「わたしは……布都彦……っ」
知らず涙が滴になって頬を流れた。
あなたと一緒にいたい。 あなたがすきだ。 あなたが恋しい。
できることなら、あなたとこの先ずっと共に歩んでいけたら。 あなたの子を産み、あなたと共に育て、あなたと共に老いる。
死が二人を別つまで。
そうやって暮らしていけたなら、わたしはもうどんなに幸せかしれない。
「……姫?」
聞きなれた優しい声がして、はっと後ろを振り返ると、布都彦の姿が見えた。
「ふ…つ……ひ、こ」
一緒にいたくて、少しでも離れているのが不安で、切なくて。
「ひ、姫っ!?」
わたしは流れる涙なんかお構いなしに布都彦にすがりついた。 抱きしめてくれている間は、一緒にいる間だけはこの人はわたしだけの布都彦だから。
本当にこの人をつなぎとめるのに必死なんだ。
本当は離すべきなのに、そんなの無理で。
「布都彦……すきだよ、すごく、すきだよ。……布都彦は?」
「……ひっ、姫……。……わ、私もあなたのことをお慕い、申し上げております」
「うん、うん……っ」
こうやって言葉にさせて、縋りついて、わたしから離れないように。
「すきって言って、お願い」
言葉で、体で縛って。
「しっ!しかし……っ、……すき、です……あなたのことが……千尋…さ、ま」
そうしてわたしたちはどちらからともなく唇を重ねた。
愛しい人のそばにありたいという気持ちは、捨てなければならないのですか?
噂話が好きな役人たちの話を立ち聞きしたから、たぶんほぼ間違いないだろう。
それはつまり端的にいえば、布都彦は将来名家のお嬢さんと結婚しなければならない、ということだ。 政略結婚だろうが、それなりに名のあるお嬢さんを娶ればかつてのような栄華も国からの寵愛も受けることができるということなんだろう。 それが布都彦の肩に全て掛かっているのだ。
( わたしじゃ……ダメ、なんだよねきっと )
その事実に胸が締め付けられるようだった。
いくらいいところのお嬢さんといっても、わたしはこの国の唯一の王族で、姫で。 布都彦は一介の兵士。 一般的に見たら、身分違いもいいところだと、狭井君が仰っていたっけ。
さらに姉様と布都彦のお兄さんは世間的には駆け落ちしたということになっている。 姉様が布都彦のお兄さんにかどわかされた、と。 そんなことがあって、本当に悔しいけれどわたしと布都彦の仲を認めてくれる人なんていないに等しい。
( わたしがただの「芦原千尋」だったらよかったのに…… )
それならわたしはどこにだって行ける、あの人と二人でどこだって。
でも、わたしたちはお互いに大きなものを背負いすぎている。
布都彦は自分の一族の命運を。
わたしは国、この豊芦原を。
何もかも捨てて、ここからいなくなることなんて、わたしにはできない。
できなくなってしまった。
大事なものを抱えすぎてしまった。
でも。それでも。
「わたしは……布都彦……っ」
知らず涙が滴になって頬を流れた。
あなたと一緒にいたい。 あなたがすきだ。 あなたが恋しい。
できることなら、あなたとこの先ずっと共に歩んでいけたら。 あなたの子を産み、あなたと共に育て、あなたと共に老いる。
死が二人を別つまで。
そうやって暮らしていけたなら、わたしはもうどんなに幸せかしれない。
「……姫?」
聞きなれた優しい声がして、はっと後ろを振り返ると、布都彦の姿が見えた。
「ふ…つ……ひ、こ」
一緒にいたくて、少しでも離れているのが不安で、切なくて。
「ひ、姫っ!?」
わたしは流れる涙なんかお構いなしに布都彦にすがりついた。 抱きしめてくれている間は、一緒にいる間だけはこの人はわたしだけの布都彦だから。
本当にこの人をつなぎとめるのに必死なんだ。
本当は離すべきなのに、そんなの無理で。
「布都彦……すきだよ、すごく、すきだよ。……布都彦は?」
「……ひっ、姫……。……わ、私もあなたのことをお慕い、申し上げております」
「うん、うん……っ」
こうやって言葉にさせて、縋りついて、わたしから離れないように。
「すきって言って、お願い」
言葉で、体で縛って。
「しっ!しかし……っ、……すき、です……あなたのことが……千尋…さ、ま」
そうしてわたしたちはどちらからともなく唇を重ねた。
愛しい人のそばにありたいという気持ちは、捨てなければならないのですか?
こんな感じの両想いだけど、ハッピーじゃないのもすき
2008/07/19 composed by Hal Harumiya
Lacrima / 繋ぎとめるのに必死なんだ2008/07/19 composed by Hal Harumiya