「姫……ではなく、陛下っ!!……どちらに行かれるのですか?」
采女の声が後ろから響き、わたしはびくっと肩が震えた。 音をたてないように静かに出たつもりだったのに、どうしてわかるんだろう?
わたしはため息とともに首をひねった。
( どちらに行かれるかなんて、そんなの言えるわけないよね? )
かつての仲間のところに行こうとしていたなど、言えるわけがないではないか。
わたしが何も言わないでいると、彼女は大げさに息を吐き出し、呆れたような視線をよこした。
「……外に出ることができないのはおつらいでしょう。政(まつりごと)ばかりでは気が滅入ってしまいますものね」
そうだろうそうだろうとわたしは大きく頷いた。
くるっと向きを変え、大きく一歩踏み出そうとしたところで。
「ですから、どちらに行かれるのです?」
後ろから采女の冷静な声音。
( ああ、そこは許してはくれないんだね…… )
心の中でひっそり毒づきながら、またくるりと向きを変える。 采女と向き合う形になったわたしは、どういった言い訳をしたものかと頭を働かせた。 彼女はその間もわたしの言葉をじっと待っている。 取り澄ましたような顔をして。
( わかってるくせに、見逃してくれないっていうのが…… )
だいたいこの国の王はわたしなのに、なんでこんなに肩身の狭い思いをしなければならないのか。
ちょーーーーっと、王宮を抜けだ……いやいや、散策をして気分をリフレッシュさせようというだけなのに。
( あーーー、王命令でも発動させちゃおうかな )
そんなよこしまなことが頭をよぎるが、すぐに無理だと首を振る。
( そんなことしても、聞かないわよね、狭井君命令だもの )
半ば諦めの境地に達したわたしは、小さくため息をついた。
最近狭井君のわたしへの干渉が少し大きくなってきて、重い。 やれ、あちらの意見を聞くべきだ、それ、みだりに笑顔を見せるものではない。 王となるために必要なことだとは分かっているが、それぐらい自由にさせてくれないものかと思う。
そして一番厄介なのが、
「陛下は慈悲深い方でいらっしゃいますね。あのような下々の者たちに目をかけるなど」
身分についての言だった。
特にわたしがかつての仲間と逢うときの態度は決していいとは言えない。 わたしにさえわかるぐらいの清々しい嫌味を言ってくれちゃったりするのだ。 いくらわたしが彼らについての意見を述べようと、あの人には無駄な事らしい。 わたしにとっては大事な大事な、命を懸けてもかまわない大切な人たち。 あの人の中でみんなは中つ国再建までの駒でしかなかったのだと、思い知らされた。
それが、すごく悔しかった。
だが、彼らは中つ国再建の功労者たちであるため、無下にもできない。 だからわたしと会うのを、決して無理にやめさせようとはしない。
ただ、
( あとからお小言が増えるだけなんだよねー…… )
部屋に呼び出され、その日喋ったことを逐一報告させられるのは序の口。 そのあとで、王がなぜ王たるかを、あの口調で延々と聞かされるのだ。 精神的負担と言ってももはや過言でもないかもしれない。 また知らず知らずのうちにため息が漏れた。
「陛下?」
呼ばれてはっとした。
焦点を合わせると、采女が何やら訝しげにわたしを見ている。
そういえば、わたしは彼女への言い訳を考えていたのだったのに。
「あっ、ああ、ごめんね」
謝ると、彼女はまた元の冷静な表情に戻った。
「大丈夫でございますか?いきなり口を噤まれたのでお加減が悪いのかと気を揉みましたわ」
「ううん、ちょっと違うことを考えていて……心配かけてごめんね」
そう言うと、彼女は数秒なにか思案し、その次後ろへ一歩下がって脇へ避け、地に膝をついた。
「?どうしたの?」
その急な行動の真意がわからなくて問うと、彼女は至極冷静な表情を崩さずわたしにこう告げた。
「陛下はお疲れのご様子……少し外の空気を吸っていらっしゃるのがよろしいかと存じます」
へ?
あまりにも突然出た外出許可に一瞬目が点になる。
「え……いい、の?」
そんなこと言うと、みんなに会いに行っちゃうよ?
と言外に含みを持たせて尋ねると、采女は、
「上には陛下が近隣の村を視察したいとおっしゃったと伝えておきましょう」
と、さらに首を垂れる。
上とはもちろん狭井君のことだけれど。
ことを理解すると、わたしは一瞬で彼女がだいすきになった。 情報も行動も制限されたこの王宮でわたしの行動の真の理解者はなかなかいない。 王とはいってもまだまだわたしは畏怖の対象だった。 だから大っぴらにわたしに力を貸してくれる人なんて、かつての戦友ぐらいなものだ。 その数少ない一人を見つけることができたわけだから、これは喜んで当然だろう。
「陛下がそれほどまでに信頼なさっている方々なら、何も問題ないかと。どうぞ楽しんでいらしてくださいませ」
何もかもわかっているような采女の口ぶりにわたしは気分が高揚してくるのを抑えられなかった。
わたしだけでなく、わたしの仲間も信頼してくれたことがすごく、すごくうれしい。
「ありがとう!……お土産、持って帰ってくるね」
そう言うと、彼女の無表情がほんの少し崩れて、ぎこちない笑顔が見えた。
「……私は陛下付きの采女ですから」
ぽつりと蚊の鳴くような声で呟かれた言葉が嬉しすぎて、わたしは彼女に思いっきり頭を下げて出口へ走り出した。 まだまだ力不足で情けないわたしだけれど、こうやって力を貸してくれる人がいる。 そして遠くからわたしを支えてくれている人たちがいる。 彼らのことは、たとえ遠く離れていても信じられる。
だいすきな、仲間だから。
苦しい時をともにした、仲間だから。
( さあ、急がなきゃ。きっとみんな待っていてくれてる )
だいすきなみんなの元へ、わたしは足を速めた。
采女の声が後ろから響き、わたしはびくっと肩が震えた。 音をたてないように静かに出たつもりだったのに、どうしてわかるんだろう?
わたしはため息とともに首をひねった。
( どちらに行かれるかなんて、そんなの言えるわけないよね? )
かつての仲間のところに行こうとしていたなど、言えるわけがないではないか。
わたしが何も言わないでいると、彼女は大げさに息を吐き出し、呆れたような視線をよこした。
「……外に出ることができないのはおつらいでしょう。政(まつりごと)ばかりでは気が滅入ってしまいますものね」
そうだろうそうだろうとわたしは大きく頷いた。
くるっと向きを変え、大きく一歩踏み出そうとしたところで。
「ですから、どちらに行かれるのです?」
後ろから采女の冷静な声音。
( ああ、そこは許してはくれないんだね…… )
心の中でひっそり毒づきながら、またくるりと向きを変える。 采女と向き合う形になったわたしは、どういった言い訳をしたものかと頭を働かせた。 彼女はその間もわたしの言葉をじっと待っている。 取り澄ましたような顔をして。
( わかってるくせに、見逃してくれないっていうのが…… )
だいたいこの国の王はわたしなのに、なんでこんなに肩身の狭い思いをしなければならないのか。
ちょーーーーっと、王宮を抜けだ……いやいや、散策をして気分をリフレッシュさせようというだけなのに。
( あーーー、王命令でも発動させちゃおうかな )
そんなよこしまなことが頭をよぎるが、すぐに無理だと首を振る。
( そんなことしても、聞かないわよね、狭井君命令だもの )
半ば諦めの境地に達したわたしは、小さくため息をついた。
最近狭井君のわたしへの干渉が少し大きくなってきて、重い。 やれ、あちらの意見を聞くべきだ、それ、みだりに笑顔を見せるものではない。 王となるために必要なことだとは分かっているが、それぐらい自由にさせてくれないものかと思う。
そして一番厄介なのが、
「陛下は慈悲深い方でいらっしゃいますね。あのような下々の者たちに目をかけるなど」
身分についての言だった。
特にわたしがかつての仲間と逢うときの態度は決していいとは言えない。 わたしにさえわかるぐらいの清々しい嫌味を言ってくれちゃったりするのだ。 いくらわたしが彼らについての意見を述べようと、あの人には無駄な事らしい。 わたしにとっては大事な大事な、命を懸けてもかまわない大切な人たち。 あの人の中でみんなは中つ国再建までの駒でしかなかったのだと、思い知らされた。
それが、すごく悔しかった。
だが、彼らは中つ国再建の功労者たちであるため、無下にもできない。 だからわたしと会うのを、決して無理にやめさせようとはしない。
ただ、
( あとからお小言が増えるだけなんだよねー…… )
部屋に呼び出され、その日喋ったことを逐一報告させられるのは序の口。 そのあとで、王がなぜ王たるかを、あの口調で延々と聞かされるのだ。 精神的負担と言ってももはや過言でもないかもしれない。 また知らず知らずのうちにため息が漏れた。
「陛下?」
呼ばれてはっとした。
焦点を合わせると、采女が何やら訝しげにわたしを見ている。
そういえば、わたしは彼女への言い訳を考えていたのだったのに。
「あっ、ああ、ごめんね」
謝ると、彼女はまた元の冷静な表情に戻った。
「大丈夫でございますか?いきなり口を噤まれたのでお加減が悪いのかと気を揉みましたわ」
「ううん、ちょっと違うことを考えていて……心配かけてごめんね」
そう言うと、彼女は数秒なにか思案し、その次後ろへ一歩下がって脇へ避け、地に膝をついた。
「?どうしたの?」
その急な行動の真意がわからなくて問うと、彼女は至極冷静な表情を崩さずわたしにこう告げた。
「陛下はお疲れのご様子……少し外の空気を吸っていらっしゃるのがよろしいかと存じます」
へ?
あまりにも突然出た外出許可に一瞬目が点になる。
「え……いい、の?」
そんなこと言うと、みんなに会いに行っちゃうよ?
と言外に含みを持たせて尋ねると、采女は、
「上には陛下が近隣の村を視察したいとおっしゃったと伝えておきましょう」
と、さらに首を垂れる。
上とはもちろん狭井君のことだけれど。
ことを理解すると、わたしは一瞬で彼女がだいすきになった。 情報も行動も制限されたこの王宮でわたしの行動の真の理解者はなかなかいない。 王とはいってもまだまだわたしは畏怖の対象だった。 だから大っぴらにわたしに力を貸してくれる人なんて、かつての戦友ぐらいなものだ。 その数少ない一人を見つけることができたわけだから、これは喜んで当然だろう。
「陛下がそれほどまでに信頼なさっている方々なら、何も問題ないかと。どうぞ楽しんでいらしてくださいませ」
何もかもわかっているような采女の口ぶりにわたしは気分が高揚してくるのを抑えられなかった。
わたしだけでなく、わたしの仲間も信頼してくれたことがすごく、すごくうれしい。
「ありがとう!……お土産、持って帰ってくるね」
そう言うと、彼女の無表情がほんの少し崩れて、ぎこちない笑顔が見えた。
「……私は陛下付きの采女ですから」
ぽつりと蚊の鳴くような声で呟かれた言葉が嬉しすぎて、わたしは彼女に思いっきり頭を下げて出口へ走り出した。 まだまだ力不足で情けないわたしだけれど、こうやって力を貸してくれる人がいる。 そして遠くからわたしを支えてくれている人たちがいる。 彼らのことは、たとえ遠く離れていても信じられる。
だいすきな、仲間だから。
苦しい時をともにした、仲間だから。
( さあ、急がなきゃ。きっとみんな待っていてくれてる )
だいすきなみんなの元へ、わたしは足を速めた。
千尋の視点でちょっと狭井君悪く見せ過ぎてしまったかなと反省してます
2008/07/30 composed by Hal Harumiya
Lacrima / 遠く離れていても信じられる2008/07/30 composed by Hal Harumiya