以前の私だったなら、決してそんなことは思わなかったはずなのに。
いつからだろう?
目の前のこのひとまわり近くも歳の離れた少女を。
自分の命よりも大切だと思うようになったのは。
―星視の民として生まれ、その力を持つものは―
その一文から始まる口承。
代々我が一族に伝わるそれを初めて知ったのは一体いつのことだったか。
全てを知り、そして死んでいく一族。
その力を以て、何をするというわけではない。
ただ知り、ただ死んでいくのだ。
それが決められた宿命(さだめ)。
決して深く歴史に干渉しない。
それが歴史を見守るものとしての、我々一族の使命。
それ故、一族の者は他に自分が星視の者だと明かさない。
普通の人間の中で同じように暮らしていく。
そうして生き、老い、死んでいく。
伝承を知りながら、何も明かさず、ただ己の胸に秘め、朽ちる。
そう、星視の者の本当の使命は「未来を知っている」ことだった。
知っている必要のないことを知っていること。
それを、未来を全て知る故に一族はみな一様に口を閉ざし、潜む。
そして全てを知る者が存在すること、それを語り継ぐこと。
歴史の第三者となること。
それが我々の使命だった。
だけれど、あまりに無知で愚鈍だった私は。
愚かにも、挑んだ。
己の宿命、星の一族の業に。
どうしても変えたい未来があった。
すべてを知り、自分が生きている中つ国が近い将来滅ぶことを知った。
友人を失うことも知った。
自分が片目を失うことも知っていた。
全て知った上で、私はあの禍日神に向かった。
負けるとわかっていても行かなければならなかった。
( 万に一つでもここであれを倒せたら、我が君は平穏に暮らしていけるのだ )
異世界に飛ぶこともなく、ただ平穏に王族、中つ国の二の姫として暮らしていける。
つらい苦難など、ないに越したことはない。
そしてその道を、私なら彼女に示してやることができるのだ。
( いや、私しかこれは成せないことだ )
そう思ったとき、ぞくりと背筋が総毛だつほどの興奮を覚えた。
私が彼女の人生に干渉できる。
そう思っただけで心臓がドクドクと早鐘を打ち、涙腺が緩んだ。
手はじっとりと汗ばみ、口元がいびつに歪んだ。
我が君のために、禍日神を倒すこと。
私は知らず知らずのうちにそれを自分の存在意義にしていた。
私は一族の誰もが侵さない禁忌に挑んだ。
なぜ誰もやらないのかを考えようともせず、ただ己の中の激しい衝動と思い上がった正義感に基づいて。
( 未来がわかるなら変えればいい。どうしてそれをしない?変える力があるのに )
そうして友人と3人であの神と対峙した時になって初めて悟った。
万に一つという可能性さえ望むのはおこがましいことだったのだということを。
規定伝承の通り、友2人は命を落とし、私は右目を失う。
絶望の中で禍日神は言った。
「愚かな人間どもよ。白きモノの神子を連れて来い。その者を滅し、この腐った世界を無に帰してくれよう」
水気の牢の中で、それでもそれがどうしたとでも言うように。
暗き天へと昇る神を眼で追うが、片目では視界がぼやけてよく見えない。
右目に感じる刃で刺されるような痛みと熱さ。
流れ出る血は一向に止まる気配など見せない。
そうして、今の神の言葉で知りたくもなかった事実を再認識する。
ああ、やはり。
( あなたを犠牲にしないとこの世界は救えないらしい )
白き龍の神子。
唯一禍日神に対抗できる龍の姫。
大切な大切な、我が君。
結局、自分がどんなに足掻いても何も変わらなかった。
あなたが要でなければならないことも。
あなたの平穏な暮らしを守ることも。
どちらもできなかった。
体中に広がる虚しさにもはや涙すら湧いては来ない。
未来が視えるということの重さを一番実感した瞬間だった。
右目が熱い。
おそらくこの目はもう使い物にはなるまい。
全ては規定伝承の通りだ。
それでは、この先の未来も。
想像して、はたと首を緩く振る。
「それでも、」
たとえ全てが規定伝承の通りだとしても。
あなたが犠牲になることで世界が救われるのだとしても。
「私は世界よりもあなたを選びますよ、我が君」
何をおいてもあなただけは守り抜いて見せましょう。
考えだして見せます。あなたが犠牲にならないですむ方法を。
たとえこの身が引き裂かれようと、そんなの私は構わない。
未来を変えられるのは、未来を知っている者のみ。
それができるのは、私だけ。
あなたを救えるのは、私だけ。
いつからだろう?
目の前のこのひとまわり近くも歳の離れた少女を。
自分の命よりも大切だと思うようになったのは。
―星視の民として生まれ、その力を持つものは―
その一文から始まる口承。
代々我が一族に伝わるそれを初めて知ったのは一体いつのことだったか。
全てを知り、そして死んでいく一族。
その力を以て、何をするというわけではない。
ただ知り、ただ死んでいくのだ。
それが決められた宿命(さだめ)。
決して深く歴史に干渉しない。
それが歴史を見守るものとしての、我々一族の使命。
それ故、一族の者は他に自分が星視の者だと明かさない。
普通の人間の中で同じように暮らしていく。
そうして生き、老い、死んでいく。
伝承を知りながら、何も明かさず、ただ己の胸に秘め、朽ちる。
そう、星視の者の本当の使命は「未来を知っている」ことだった。
知っている必要のないことを知っていること。
それを、未来を全て知る故に一族はみな一様に口を閉ざし、潜む。
そして全てを知る者が存在すること、それを語り継ぐこと。
歴史の第三者となること。
それが我々の使命だった。
だけれど、あまりに無知で愚鈍だった私は。
愚かにも、挑んだ。
己の宿命、星の一族の業に。
どうしても変えたい未来があった。
すべてを知り、自分が生きている中つ国が近い将来滅ぶことを知った。
友人を失うことも知った。
自分が片目を失うことも知っていた。
全て知った上で、私はあの禍日神に向かった。
負けるとわかっていても行かなければならなかった。
( 万に一つでもここであれを倒せたら、我が君は平穏に暮らしていけるのだ )
異世界に飛ぶこともなく、ただ平穏に王族、中つ国の二の姫として暮らしていける。
つらい苦難など、ないに越したことはない。
そしてその道を、私なら彼女に示してやることができるのだ。
( いや、私しかこれは成せないことだ )
そう思ったとき、ぞくりと背筋が総毛だつほどの興奮を覚えた。
私が彼女の人生に干渉できる。
そう思っただけで心臓がドクドクと早鐘を打ち、涙腺が緩んだ。
手はじっとりと汗ばみ、口元がいびつに歪んだ。
我が君のために、禍日神を倒すこと。
私は知らず知らずのうちにそれを自分の存在意義にしていた。
私は一族の誰もが侵さない禁忌に挑んだ。
なぜ誰もやらないのかを考えようともせず、ただ己の中の激しい衝動と思い上がった正義感に基づいて。
( 未来がわかるなら変えればいい。どうしてそれをしない?変える力があるのに )
そうして友人と3人であの神と対峙した時になって初めて悟った。
万に一つという可能性さえ望むのはおこがましいことだったのだということを。
規定伝承の通り、友2人は命を落とし、私は右目を失う。
絶望の中で禍日神は言った。
「愚かな人間どもよ。白きモノの神子を連れて来い。その者を滅し、この腐った世界を無に帰してくれよう」
水気の牢の中で、それでもそれがどうしたとでも言うように。
暗き天へと昇る神を眼で追うが、片目では視界がぼやけてよく見えない。
右目に感じる刃で刺されるような痛みと熱さ。
流れ出る血は一向に止まる気配など見せない。
そうして、今の神の言葉で知りたくもなかった事実を再認識する。
ああ、やはり。
( あなたを犠牲にしないとこの世界は救えないらしい )
白き龍の神子。
唯一禍日神に対抗できる龍の姫。
大切な大切な、我が君。
結局、自分がどんなに足掻いても何も変わらなかった。
あなたが要でなければならないことも。
あなたの平穏な暮らしを守ることも。
どちらもできなかった。
体中に広がる虚しさにもはや涙すら湧いては来ない。
未来が視えるということの重さを一番実感した瞬間だった。
右目が熱い。
おそらくこの目はもう使い物にはなるまい。
全ては規定伝承の通りだ。
それでは、この先の未来も。
想像して、はたと首を緩く振る。
「それでも、」
たとえ全てが規定伝承の通りだとしても。
あなたが犠牲になることで世界が救われるのだとしても。
「私は世界よりもあなたを選びますよ、我が君」
何をおいてもあなただけは守り抜いて見せましょう。
考えだして見せます。あなたが犠牲にならないですむ方法を。
たとえこの身が引き裂かれようと、そんなの私は構わない。
未来を変えられるのは、未来を知っている者のみ。
それができるのは、私だけ。
あなたを救えるのは、私だけ。
柊の姫命なところとかわけわかんないナルシスな言い回しとか地味にツボ
2008/09/01 composed by Hal Harumiya
Lacrima / 世界よりも君を選ぶよ2008/09/01 composed by Hal Harumiya