香り

「なんだ?この匂い?」

歩く道に甘い残り香。

「おい望美、お前何か持ってんのか?」

前を歩く彼女に声をかけた。
へ?と彼女が振り返ると、その手には一本の細い枝。

「お、もしかしてそれか?」

聞くと彼女はにっこりと微笑んで俺の前に枝を差し出した。
見た事のある枝だった。
枝のところどころにぽつんぽつんと薄紅色の小さな花のかたまりが控えめに咲いている。
その香りは甘ったるいわけでもなく、かといって爽やかというわけでもないが、どこか懐かしい。
そこまで考えた時、この漂っている香にふと得心がいって、

「この花、俺んちの庭に咲いてたやつだろ?」

と言うと、彼女は大きくうなずいて、

「そうなの!春になるといっつも将臣くんの家からいい香りがしてさ、わたしこの花大好きなんだよね」

と言った。
ふーん、と、その時はそれで終わったけれど。


後から思ったんだ。
あの花―沈丁花は、お前に似ている。
甘ったるいわけでもなく、爽やかというわけでもない。
なんだか分からないけれど、惹かれる。
そう、どこか見覚えのある花だなと思ったのも。
お前が俺の家の庭で昔、あの花の香りを嬉しそうにかいでいるのを思い出したからで。
あの花の香りをかぐとなぜかお前のことを思い出すんだ。

そして、今も。
お前がそばにいない日々がどれだけ続いても、あの花の香りがすれば。

俺はお前を忘れなんかしない。




沈丁花がすきなのはわたしだ