声が、
声が聞こえる。

「べんけいさん」

甘やかで、そして涼やかで、

「弁慶さん」

優しい声音だ。

ああ、一体僕はどうしてしまったんでしょう。
あなたの声がこんなにも聞こえるなんて。
僕ももう終わり、ですかね。
最後にあなたの笑顔を見ることは叶わなかったけれど、
僕と一緒にいることであなたを泣かせてしまうよりはずっといい。
願わくは、あなたの前途に幸多からんことを。
今は離れ離れだけれど、いつか。
いつか僕の罪が赦されたときは。
あなたの目の前に現れることを許してくれますか?

「弁慶さん」

その時はその優しい声音で僕を迎えてください。
僕の大好きな君の笑顔と一緒に。

「弁慶さん、……て」

の、望美さん?
何か言っている……?

「…きて、弁慶さん。起きてください!」

一際はっきりと聞こえた彼女の声に、はっと意識が戻った。
ここは……どこだ?
辺りを見回すと、見慣れない光景。
あの平泉の山中でもなく、まして京の館でもない。
ここは……?

「やっと起きたんですね?何度呼びかけても目を覚まさないから焦っちゃいました」

夢の中のあの声と同じ鈴のような声音。
ふと顔を上げると会いたかった彼女が目の前にいた。

「はい、コーヒーです……ってどうしたんですか?」

心配そうに僕の顔をのぞきこむ彼女は確かに望美さんで。
瞬間、さっきのことはすべて夢だったのだと悟った。
つい最近のことのようで、もうしばらく前のこと。
僕たちがまだ、あの世界にいた頃の夢。

「いえ、……昔の夢を見ていました」

そう呟くと、彼女は一言、そうでしたか、と微笑んだ。

「もう、平和ですよ。きっと」

そう零す彼女を僕はゆっくりと噛みしめるように抱きしめた。
ああ本当に、あなたという人がいてくれてよかった。
僕の今一番ほしい言葉をくれる人。
心からそう思った。

向こうの世界がどうなったのか、今となってはもうよく分からない。
九郎たちは上手く逃げ遂せただろうか。
友の安否も分からない。けれど、僕は今生きている。
彼女の声音に導かれてここにいる。
きっと九郎たちも無事なのだろう。
彼女が、僕たちの比売神が導いてくれたのだと。
そう信じることにする。
みんなどこかで生きていると。

「弁慶さん?」
「ええ、そうですね。平和に暮らしているでしょう」

そして僕も。
彼女の声に包まれている時間が途方もなく幸せだ。

その声でどうか、僕を導いてください。
もう決して間違うことのないように。




望美にデレデレ弁慶