「……うー、せ、先生、ごめんなさい」

ベッドの中でぼそぼそと神子が呟く。
その顔はいつになく紅潮している。

「謝るな。熱があるかどうか分かってからにしなさい」

そう言うと、彼女はますます気まずそうにまぶたを閉じ、はい、と小さく返事をした。

ピピピピピピッ。

ベルが鳴り、彼女が体温計を取り出すが早いか、それを取り上げる。

「あっ、せ、せんせ」
「……」

38.7度。完璧に風邪だ。
無言で体温計を見つめる私に痺れを切らしたのか、

「あ、あの、……何度でした、か?」

と彼女は蚊の鳴くような声で問う。

「……8度7分。高熱だ。今日は安静にしていなさい」

ため息をつきながらそう言うと、彼女は申し訳なさそうに起き上がり、頭を下げた。

「先生……本当にごめんなさい。今日の約束、ダメにしてしまって……」

久しぶりに出かける予定だったのに、自分のせいで、と彼女は今にも泣きそうになりながらそれを口にする。
普段は何があっても涙を見せない彼女だが、熱のせいで気分が高揚しているらしい。
他愛ないことでも勝手に目が潤んでくるようだった。

「私のことなら気にする必要はない。今は風邪を治すことだけを考えることだ」
「でもっ……、ひ、久しぶり、だったのに……」

確かに彼女と出かけるのは、というか、彼女の顔を見るのは2週間ぶりくらいになる。
お互い学校や仕事で予定が合わなかったためだ。
しかし。

「いいから、横になりなさい。このままでは治るものも治らなくなる」

彼女はしぶしぶ体を再びベッドに横たえた。
ごめんなさいと何度も謝りながら。

「謝る必要はない。……お前の体が一番大事なのだから」

気づかずに無理に出歩かせていたらと、そっちの方が問題だ。
目の前で倒れられでもしたら、それこそ私はどうしたらよいか分からなくなる。
そう告げると、彼女はふっと表情を和らげにっこりと微笑んだ。
安心したような、やわらかい微笑みだった。

「先生……このままここにいてくれますか?」

布団を引き上げながら、ポツリと彼女が呟いた。
彼女の安眠を妨げないようにと、眠ったら出て行こうかと思っていたが、先手を打たれてしまった。

「……ああ、このままお前のそばにいる。だから心配せず少し眠るといい」

それを聞いた彼女はまたふっと笑み、

「じゃあ、お願いがあるんですけど……」

と、私の手をとった。

「手、……先生の手、貸してください」

そう言いながら、私の手を自分の頬へ近づけた。

「ああ、冷たくて気持ちいいです、先生の手……ずっとこうしててくださいね?」

お願い、と彼女は薄く笑った。

「ああ、ずっと、こうしてお前のそばにいよう」

そう呟いた声が彼女に届いたかは知れない。
スースーという穏やかな寝息と、いつもより少し高い彼女の体温と、冷たい私の手。
そのまま静かな時間が流れる。
久しぶりに落ち着いたような気がして、熱を出している彼女には申し訳ないが、こう思ってしまう。

( こんな日も、たまには悪くない )

と。




先生動いてくれないよ先生