鼓動

「敦盛さんっ、こっちこっち!早く来てください!」

5歩先を行く彼女が大きく振り返り手招きをしている。
その双眸はキラキラと輝き、興奮を抑えられないといった様子で。

「ああ、ちょっと待ってくれ」

人ごみの中を歩くのにまだ慣れていない私は、こういった場所に来るといつも足取りが遅くなってしまう。


遊園地。
それがこの場所の名称らしい。
何をするところかと問うと、彼女は乗り物に乗って遊んだりする場所なんですよ、と微笑みながら答えてくれた。
そう教えてくれた時の顔が本当に輝いていたから。

「……行きたいのか?」
そう問いかけてみたのだが、彼女はびくりと肩をすくませ、困ったように笑った。

「……そ、そうですね……行ってみたいと思ったことは、あります、けど、」

その先の言葉が続かない。

「……けど?」

先を促すと、ますます苦笑いを深め、あーとかうーとか、言葉にならない声を紡いでいる。
やがて、諦めたのか聞こえるか聞こえないか程度の声でこう言った。

「……敦盛さん、人が多いところとか、うるさいところとか苦手だと、」

思って。

「……すまない。私は貴方に気を遣わせてしまっていたのだな」

自分に合わせて、行きたいところを我慢させてしまっていたことに申し訳なさを覚えた。

「い、いえっ!そんなことありません!……敦盛さんも楽しんでもらいたいですしっ!だからっ」

一生懸命弁解してくれようとする彼女を見ていると、本当になんで気づいてあげられなかったのか、自分の気の利かなさにうんざりする。
いつも彼女は私がこの世界で過ごしやすいようにさりげなく気を遣ってくれていた。
そう、いつも。
それならば。

「貴方が行きたいというなら……私も行ってみたいと思う……その、遊園地に」

そう言ってやってきた遊園地。
足を踏み入れてみると、人の多さにも驚いたが、なにより思ったのがここは現実にある場所なのか、ということ。
建物も乗り物もそこで働いている人々でさえも。
そして、自分たちも。
まるで、本当に彼女から教えてもらった異世界の御伽草子の中に入り込んでしまったかのような不思議な感覚。
ここは日本であり、日本ではない。
私たちも、私たちであり、私たちではない。
絵本の登場人物の一人、のような。
そう彼女に告げると、彼女は、

「そうですよねっ!!こういうところに来ると、まるで現実じゃないみたいですごくワクワクしますよねっ」

と、破顔した。
彼女のこんな楽しそうな姿を見るのは本当に久しぶりで、こんな顔が見れるならもっと早くにここに来ていればよかったと心から思った。

「……ああ、貴方が楽しそうなのはとてもいい」

とたんに彼女の顔に朱が走る。

「あっ、敦盛さんっ!き、急にそんなこと言わないで下さい」

照れる彼女がとても可愛くて、自分の言ったことに意味を考えて急に恥ずかしくなって。

「す、すまない……頭で考えるより先に口から出ていたようだ……」

顔が熱くなるのを意識しながらそう告げると、彼女は顔を両手で押さえながら上目使いにこちらを睨む。

「うー、ずるい……私ばっかりドキドキさせられっぱなしで……」

その顔があんまりにも可愛らしくて。

( ドキドキしているのは、私の方だっていうのに )

逸る気持ちそのままに。

「どこへ行く?」

貴方となら、どこへでも。




望美はこの調子で敦盛を連れまわせばいいと思う