気晴らしにこの熊野の美しいところに連れて行ってやるといって望美を連れ出したのは先刻。
少し前まではまだ空も明るく、水平線と海の境目が見えないほどの青で視界が埋められていた。
そんな景色を見ながら、

「本当にすごいね!!こんな絶景見たの、生まれて初めてだよ!」

と瞳を輝かせながらはしゃいでいた彼女。
正直、絶対喜ぶだろうという自信はあったけれど、ここまで喜んでくれるとは思わなくて、オレは少し面食らった。
そう、素直な子なのだ、この姫は。
今までオレが出会ったどの姫君よりも。
そして、無意識に男が喜びそうな態度を取ってくれる。
現にほら、オレは自分が一番大事な熊野、その中でも俺が姫君に見せたいと思った景色を手放しで褒められてかなり気分が大きくなっている。

( まあ、それは俺にだけじゃなんだけどね )

その事実を残念だ、と思いつつも、嬉しいことには変わりないので、これよりももっと美しい景色を見せてやりたくなった。
そう、オレだけが知っている、オレだけの特等席。
姫君が見たら、どんな反応を返してくれるだろう。
それを考えただけで、口元が緩むのを抑えられない。
これだけくるくる表情を変える姫君にはあったことがなかったから、かもしれない。
どんな反応がこの可愛らしい姫君からでてくるのだろう?
緩む口元を押さえながら、オレは望美の手を引いて山道を歩いて行った。

そうこうしているうちに目の前の視界が開けて、お目当ての場所についた。
切り立った崖から眺める熊野の海は夕焼けに赤く染まり、波は昼の猛々しい表情とは全く逆で、穏やかに落ち着いている。
ときおり、これから自分たちの根城に帰るのか、遠くで鳥の群れが列を成して飛んでいった。
壮大さと穏やかさ。
そして、それを包む太陽の温かさ。
それらすべてが共存しているのが、この熊野の海の丁度この時刻だ。
この景色は本当に今この時間でないと見ることができない。
ここは幼い頃、この辺を探検していて偶然見つけた、オレだけの場所だった。
ほかの誰もこの場所を知らないし、教えてやろうとも思わなかった。
でも、どうしても望美にはこの景色を見せたやりたいと思った。
熊野を、すきになってほしかった。
ちらりと横目で反応を窺うと、彼女はその双眸を零れそうなほど大きくし、言葉もなく立ちつくしていた。
その表情だけで、望美がこの景色に感動してくれていることがわかり、やっぱり口元がにやけてくる。
ここに連れてきて本当によかった。
心からそう思い、もう一度視線を望美にやると、オレの鼓動がドクッと一際大きな音をたてたような気がした。
なぜさっき見た時気がつかなかったのか。
夕陽に染まる望美の姿が恐ろしいほど美しいことに。
凛とした佇まいはそのままに、まっすぐに流れる髪は微風にさやさやと流れ、ひどく柔らかそうだ。
感動しているのか、視線は熱っぽく口は微かに開けられ、ため息が聞こえてくる。
その頬も夕陽のせいかいつもよりも赤く、見るとまるで一枚の完成された絵を見ているようで、彼女から目が離せない。
今までこんな気持ちになんかなったことはない。

( 本気に……なりかけてるってことか……? )

「まいったね……」

ちょっとした暇つぶしの相手、その程度だと思っていたのに。
気づいたら目が離せなくなっているなんて。

( まったく、姫君はどんな術をオレにかけたんだろうね? )

「この場所と、赤い夕陽のせいかな?なんてね」




太平洋側へは夕日は沈まないよ!!