酔う

「……さ〜ん、九郎さ〜ん?」

はっと物思いから戻ると、さっきまで舞台の上で舞っていた望美がいつの間にかこちらに戻ってきていた。

「…あ、あぁ……」

呼ばれたことに歯切れの悪い返事をする。
徐々に覚醒してきた頭を軽く振り、辺りを見渡すと、いつの間に雨など降ったのか、地面が軽く濡れていた。
よく見ると、望美の服も俺の服も軽く湿っている。

「?……九郎さん?どうしたんですか?」

何も喋らない俺を不思議に思ったのか、望美が俺の顔を覗き込むように見上げていた。
とたんにさっきまで舞を舞っていた彼女の姿がありありと思い浮かぶ。
正直驚いた。

( こいつもしとやかにしようと思えばできるんじゃないか…… )

剣を振るっている彼女しか見たことがないから。
舞を舞うなんて女性らしいことができるとは思っていなかった。
舞えるといってもそんなに期待していなかったから不意打ちだ。
後白河院の機嫌さえ損ねなければよいと思っていた自分に苦笑いする。
それにしてもあんなに上手とは。
揺るぎない、しかし忘れていた事実を突きつけられた気分だった。
目の前にいる仲間は女性なんだ、ということ。

( ばっ……何を考えている!俺は! )

こいつは仲間だ。女のくせに一緒に戦うと言い出したやつなんだぞ!!
剣を振るうなんて、女人のすることではない。
そうだ、こいつは普通じゃないんだ。
そう言い聞かせて、改めて望美の顔を見下ろす。
そこには俺を見上げた望美の顔があって。
その顔があまりにもあまりにもきょとんとしていたから。
くっ。

「九郎さん?」

俺は思わず吹きだしてしまった。
俺の名を呼ぶその声はどこか訝しげで。
ああそうか、こいつはまったくもって自分のことを分かってないんだな、と悟った。
それならばこちらも、無駄なことは一切考えず。
ただ純粋に。

「ああ、悪い……。…それにしても見事な舞だった。やるな、望美」

精一杯の賛辞で迎えてやろう。
お前の舞に酔っていたなんて、死んでも言えるか。




結構難産だった記憶が