「弁慶さん、どうしたんですか?」
彼女に呼び止められて、寝所に下がろうとしていた足を止めたのはいささか軽率だったかもしれない。
「……なにがですか?」
できるだけやわらかい口調で、と意識して言葉を紡ぐがどうしても端に冷たい感じが流れる。
言葉と顔に出さないのは僕の得意な分野だったのに、どうやらどんなに意識しても今日はそれは無理のようだ。
「…怒ってますよね、今日わたしのこと避けてたみたいだし。わたし、何かしましたか?」
ああ、もう。
困ったような口調、視線。
それを今の僕が受け止めるのは相当忍耐力を必要とする行為であり。
正直な話、募る苛立ちは止められそうもなかった。
でも、そんなことを表に出すのは僕の自尊心が許さないから。
「そんなことないですよ。望美さんの考えすぎです」
やわらかくやわらかく。
口元に笑みを貼り付けて、僕は彼女をなだめる。
自分の奥にあるどうしようもない彼女への憤りを包み隠すように。
でも、どんなに僕が言い含めようとしても。
すごく純粋で、人の気持ちの変化に敏い彼女だから。
「い〜え!!ゼッタイ弁慶さんは怒ってます。それもすごく。何でですか?」
読み取るだろうとは思っていたけど。
そんなところが僕の苛立ちを増長しているのだとも知らずに。
「言ってくれなきゃわかりません!直しようがないじゃないですか」
純粋で、純粋な君は。本当にどこまでも真っ直ぐで。
とても聡明で同時に、愚鈍な君。
「もしかして…さっきのことですか?」
ゆっくりおずおずと尋ねた声は弱々しくて。
それは内に己の非があるからなのか、彼女はうつむく。
僕はそんな彼女を言葉も発せず静かに見据える。
できるだけその視線が温かくなるように、確かにこもっている愛しさで怒りを覆い隠すよう。
「っあれは……ごめんなさい。軽率だったって思います。でも、あの場合は仕方なかった……っ」
ああするしか、あの子を助ける方法が思い浮かばなかった、と彼女は必死に弁解する。
「一人であそこに行ったのはよくなかったと思います。あの時弁慶さんが来てくれなかったら、わたしたちきっと生きていません」
切々と語る彼女を見ながら、思い出すのはあのときのこと。
危ない、という女性の悲鳴に一番早く反応して、駆け出して行った彼女。
次の瞬間見たのは、怨霊を前に子どもを庇いながら戦おうとしている諸手の彼女だった。
見た瞬間、さっと、全身の血が引くのがわかった。
なぜ彼女は武器を持っていないのか。
なぜ彼女はそれなのに駆け出したのか。
なぜ彼女よりも先に気付けず、危険にさらしてしまったのか。
本当に気付いてないんですね。
僕が憤っているのは確かに君のことだけど、実際には少し違うんです。
彼女のように武器も持たずに、それでも怨霊の前に飛び出していくなんて、僕にはできないから。
はたから見れば、愚かな行為。
いくら腕が立つといっても、武器を持っていなければ彼女はただの女性で。
それなのに。
駆け出していった君のその勇気が僕にはなくて。
一瞬行くのをためらったのは、それは大人の……いや、僕の狡さ。
だから、そんな計算も無しに、純粋に心に従って動く君は。
とても、キレイで。
そして、憎い。
彼女に呼び止められて、寝所に下がろうとしていた足を止めたのはいささか軽率だったかもしれない。
「……なにがですか?」
できるだけやわらかい口調で、と意識して言葉を紡ぐがどうしても端に冷たい感じが流れる。
言葉と顔に出さないのは僕の得意な分野だったのに、どうやらどんなに意識しても今日はそれは無理のようだ。
「…怒ってますよね、今日わたしのこと避けてたみたいだし。わたし、何かしましたか?」
ああ、もう。
困ったような口調、視線。
それを今の僕が受け止めるのは相当忍耐力を必要とする行為であり。
正直な話、募る苛立ちは止められそうもなかった。
でも、そんなことを表に出すのは僕の自尊心が許さないから。
「そんなことないですよ。望美さんの考えすぎです」
やわらかくやわらかく。
口元に笑みを貼り付けて、僕は彼女をなだめる。
自分の奥にあるどうしようもない彼女への憤りを包み隠すように。
でも、どんなに僕が言い含めようとしても。
すごく純粋で、人の気持ちの変化に敏い彼女だから。
「い〜え!!ゼッタイ弁慶さんは怒ってます。それもすごく。何でですか?」
読み取るだろうとは思っていたけど。
そんなところが僕の苛立ちを増長しているのだとも知らずに。
「言ってくれなきゃわかりません!直しようがないじゃないですか」
純粋で、純粋な君は。本当にどこまでも真っ直ぐで。
とても聡明で同時に、愚鈍な君。
「もしかして…さっきのことですか?」
ゆっくりおずおずと尋ねた声は弱々しくて。
それは内に己の非があるからなのか、彼女はうつむく。
僕はそんな彼女を言葉も発せず静かに見据える。
できるだけその視線が温かくなるように、確かにこもっている愛しさで怒りを覆い隠すよう。
「っあれは……ごめんなさい。軽率だったって思います。でも、あの場合は仕方なかった……っ」
ああするしか、あの子を助ける方法が思い浮かばなかった、と彼女は必死に弁解する。
「一人であそこに行ったのはよくなかったと思います。あの時弁慶さんが来てくれなかったら、わたしたちきっと生きていません」
切々と語る彼女を見ながら、思い出すのはあのときのこと。
危ない、という女性の悲鳴に一番早く反応して、駆け出して行った彼女。
次の瞬間見たのは、怨霊を前に子どもを庇いながら戦おうとしている諸手の彼女だった。
見た瞬間、さっと、全身の血が引くのがわかった。
なぜ彼女は武器を持っていないのか。
なぜ彼女はそれなのに駆け出したのか。
なぜ彼女よりも先に気付けず、危険にさらしてしまったのか。
本当に気付いてないんですね。
僕が憤っているのは確かに君のことだけど、実際には少し違うんです。
彼女のように武器も持たずに、それでも怨霊の前に飛び出していくなんて、僕にはできないから。
はたから見れば、愚かな行為。
いくら腕が立つといっても、武器を持っていなければ彼女はただの女性で。
それなのに。
駆け出していった君のその勇気が僕にはなくて。
一瞬行くのをためらったのは、それは大人の……いや、僕の狡さ。
だから、そんな計算も無しに、純粋に心に従って動く君は。
とても、キレイで。
そして、憎い。
自分が汚れてると思えることは、純粋な証拠