まもる

「景時さーんっ!?」

どこですかー、とオレを呼ぶ鈴のような声。
ああ、望美ちゃんがオレのこと探してくれてるのか。
そう思うと、自然に顔が緩むのを感じる。
彼女がこの世界に来て、オレたちと行動を共にするようになってから、オレたちは変わった。
なんていうか……一言で言ったら、大人になった。
彼女の存在……は良い意味でオレたちに影響を与えてくれたみたいだ。
オレだって九郎ほどじゃないけれど、女人が戦場に出るのは好ましく思っていない。
それがいくら龍神の神子でも。
まして、それが自分の妹や……自分が好意を持っている人物ならなおさら。
龍神の神子じゃなかったら逢うことはなかった、という事実はこの際考えないことにするが。
それにしても。

( どうしてオレの周りにいる女の子はこんなに……責任感が強いんだろうねー? )

皮肉めいた考えが浮かび、思わずため息をつく。

( 守られてくれないんだもんなー…… )

前に望美ちゃんをかばった時も……、

( バチィッ!!

「望美ちゃん、大丈夫っ!!?」
「っ…景時さん!何やってるんですか!!」
「…へ?」
「…へ?じゃないですよ!何でわたしなんかかばったんですか!?」
「だって望美ちゃんは女の子だし…」
「そんなの戦場に出たら関係ないです!こんな怪我して…もうかばわなくて大丈夫ですから」 )

とまあ、こんな感じで一蹴されてしまったのだ。
朔も朔で「私のことはいいですから……」なんて言うし。

( 正直、男の立場がないよねー…… )

どうして、あんなに頑張るんだろう?
あんなに頑張らなくても、オレたちは八葉。神子を守るために在るのに。
神子の支えとなるべき存在。八葉は神子を助ける存在。
もっと…頼ってくれてもいいんじゃないだろうか。

( なにか……衝動に駆り立てられているような…そうじゃないような )

よくわからないが望美ちゃんは焦っているような感じがする。
何が彼女をそうさせているんだろう?
もっと、彼女のことを知りたい。
あの力のもとが何なのか、どうしてそんなに真っ直ぐに頑張るのか、知りたい。
そんなことを考えていたオレは、当の本人が近くまで来ていたことに気づかなかった。

「景時さん?」
「うわっ!……の、望美ちゃんかー。びっくりしたなあー」

あ〜、危ない。本当に驚いた。
いきなり現れるんだもの。

「景時さん、こんなとこにいたんですか?軍議が始まります。戻りましょ?」

そう言って微笑んだ彼女の顔は、女の子だった。
見た目も、声もまだ年若い少女のもの。
それなのに。
何が彼女を戦場に呼ぶのか。
何が彼女にあの決然とした表情をさせるのか。
どうしても気になって。
気になったら、口に出してしまっていた。

「望美ちゃん、どうして…その、君は戦うんだい?」

命を賭してまで、どうして。
不意に彼女の顔が少女のそれから、一人の戦う人間になった。

「やらなきゃいけないんです。…みんなを守るために」

え?
意外だった。オレたちを守るために戦っているっていうのか?それじゃまるで本末転倒じゃないか。
言葉が出てこないでいると、彼女はくすっと微笑んだ。

「意外でしたか?でも、ホントのことなんです。わたしはみんなを守るんです、絶対に」

そして、表情がスッと険しくなる。決意を秘めた表情に変わる。

「で、でも、オレらだってそんなに弱くないよ〜?簡単に死んだりしないって」

その険しい顔を元に戻したくてオレは軽くそう言ったのだが、ますます望美ちゃんの顔は険しくなった。
いや、今にも泣き出しそうといったほうが近いか。

「何でそんなこというんですか!先のことなんて……誰にも、そう、誰にもわからないんです」

だから、簡単にそんなこと言わないで下さい、と彼女は言った。

「ゴ、ゴメン……オレ、考えなしだったね」

オレがそう言うと、望美ちゃんはハッと我に返ったようで顔をうっすらと赤くした。

「いえっ!わたしってば……なに熱くなってるんですかね。そ、そうだ。軍議が始まりますよ。早く行きましょ?」

そして彼女はオレを促すと、早足で元来た道を帰る。
オレはその後姿を追いながら、さっきの会話のことを考えていた。

( 先のことなんて誰にもわからない…か…… )

そう言った彼女の顔は、今までに見たことがないほど焦りと悲しみに満ちていた。
だったらなおさら。
オレは彼女を守らなければならない。
彼女が命を賭してでもオレたちを守りたいというのなら。
オレも。
命を賭して彼女を守ろう。
先のことが見えないから、今出来ることで彼女を守る。
オレを変えてくれた少女を。
あの焦りと悲しみから開放してあげるために。

「景時さん」

急に近くで声がしたので見ると、望美ちゃんがいつの間にかオレの近くに戻ってきていた。
その顔にはさっきまでの険しさはなく、代わりにいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。

「あの、言い忘れたんですけど、さっきの質問でみんなを守るためって言ったでしょ?あれ、半分はちょっと違うんです」

え?違うの!?本当に彼女には驚かされる。

「え?じゃあ半分は何……」

オレがそう尋ねると彼女は一層笑みを深くして。

「あとの半分は…大事な人を守るためです。あ、みんなにはナイショですよ?恥ずかしいから」

( 大事な人を守る、大事な……ええええ〜! )

何度も何度も反芻してやっと言葉の意味を理解した。
それは…つまり、望美ちゃんにすきな人がいるって…ことだよね!?
ショック…でしょ。自分のすきな子に想い人がいたら。

「ち、ちなみにー、その人が誰か教えてくれちゃったりはー……」

焦りを隠して聞くと。
彼女は片目をつぶって、人差し指を口に当てて、ニッコリ笑った。

( ナイショ )

そのまま、前を向いて小走りにかけていく。
またしても、オレは呆然とするしかなかった。

(ナイショってことは……オレの知ってるやつだよねー、きっと)

こんな時だけ速く回る頭が恨めしい。

「ちょっと、待ってよー望美ちゃん!」

オレは彼女を追いかけるため歩調を速めた。

彼女が命を賭してでもオレたちを守りたいというのなら。
オレも。
命を賭して彼女を守ろう。
必ず、守ってみせる。




望美の想い人は景時のつもり
2005/01/04 composed by Hal Harumiya