キョリの魔力

手をつなぐ。
そんな小さなことで、私の心は軽く弾む。
なかなか埋められなかったわたしと彼のキョリ。
いつも少し前を歩く彼は少し遠くて。
斜めからでは彼が何を考えてるかは分からなくて。
顔が見えないから、察することもできない。
分かりたいのに。
もっとそばに行きたいのに。
物理的にも。精神的にも。
せっかく並んで歩けるくらい、近づけた。
もっと、もっと近づきたい。
友達だったときとは違う。
ましてや、まったく知らない人間同士だったときなんて話にならない。
あなたの隣にいることが喜びになるこの時間は。
何よりも大事。
月森くんの隣にいれて、わたしは本当に幸せ。
あなたをもっと感じていたい。


手というものは俺たち演奏者には必要不可欠なもので。
幼いころから手は大事にしろ、と何度も人を変えて言われてきた。
俺もそうするのが当然だと思っていたし、何の違和感もなかった。
指1本でも怪我をしたら、まるで演奏生命が終わるとでもいうかのように。
手はそのための道具だった。
でも。
こうして君が隣にいることで。
手というものを通して、知らなかった喜びを得ることができた。
演奏するのとはまた違った喜び。
締め付けられるような義務感は消え、安らぎだけがそこにはある。
味わったことのない甘美な時間。
君が隣にいてくれて、本当に良かった。
香穂子の隣にいることができて、俺は本当に幸福だと思う。
君をもっと近くに感じていたい。

だから。

「月森くん……」
「香穂子……」

手を伸ばす。
相手に届くように、しっかりと。
手をつなごう?




手をつなぐということに新鮮さを感じていただければうれしいです
2004/11/8 composed by Hal Harumiya
revise:2005/7/14