敦盛さんと再会して半年。
その日は突然やってきた。
「え…」
絶句。
だって他に反応のしようがなかったから。
あはは。…え?もう一回言ってください。
聞こえていなかったわけではない。ただ…理解できなかった。
そう言うと、彼はもう一度言いにくそうに同じ言葉を発した。
さっきと寸分違わぬその言葉。
「神子…私は…還らなければならない」
え?
思わずもう一度聞き返す。
なんて言った?
ミコワタシハカエラナケレバナラナイ。
ただの言葉の羅列。
それが徐々に形を成していく。
(還る…誰が……?敦盛さん……!?)
「なんっ…で!?」
やっと言葉が飲み込めたとき、思わず叫んでいた。
敦盛さんが還る……?
焦点の合わない目で見つめた敦盛さんは切なそうに顔を歪めていた。
そのとき悟った。本当なんだ、と。
敦盛さんが嘘なんかつくはずないって知ってる。
普段から正直な敦盛さんだから、「嘘でしょ!」なんて笑い飛ばしてしまうことはできなかった。
その言葉に含まれているのは真実だけ。
でも、でも、このときの言葉ほど嘘であってほしいと願ったことはなかった。
理解できた。しかし、頭がついていかない。
「やだなぁ敦盛さん…かえるって……どこへ?」
敦盛さんが言ったこともその表情もすべて見ないフリをしてわたしは笑った。
「神子…」
「いやっ!聞きたくない!」
声をかけようとした敦盛さんを遮る。
耳をふさいで、目をつぶって。
何も聞こえないように、何も見えないように。
今言われたことが真実だから、なおさら。
「神子……」
それでも敦盛さんは懸命にわたしを呼ぶ。
「神子…神子…お願いだ……私の話を聞いてくれ」
耳をふさいでも聞こえる敦盛さんの声が悲痛さを増した。
イヤだ、聞きたくない。
だって聞いてしまったら……。
アナタハイナクナッテシマウモノ。
聞きたくなくて、懸命に首を振った。
「いや、いや、いやだぁ…どうしてぇ……?」
どうして?
せっかくまた落ち着いた暮らしができて。
敦盛さんと2人一緒に……。
これからも…ずっと一緒に暮らすはずだったのに。
それしか望んでないのに。
「神子…お願いだっ…私を…見てくれっ」
敦盛さんは私の腕をつかんで耳から引き離そうとした。
つらそうな声、強い力。
それでも、私は抗う。
現実に向き合いたくなくて、持っている力すべてで敦盛さんに抵抗した。
「イヤだ…どうして?ねぇ、敦盛さん、わたし……どうしたらいいの?」
切なくて、どうしようもなくて、涙が溢れてきた。
足に力が入らなくなってその場に崩れ落ちる。
「神子……私は神子と出会えて幸せだった」
いや、そんなこと言わないで。今生の別れの挨拶みたいじゃない。
「神子と過ごせた半年……とても幸せだった」
「敦…盛さ…ん」
本当にお別れなの?
「神子…もうすぐ時が満ちる。私には分かる。この世での役目を終え、新たな生へと移るその瞬間が」
敦盛さんの声は苦しそうで、でもどこか安心したような響きを持っていた。
それはきっと、怨霊という存在から解き放たれる安堵感。
「…私は嬉しい。この穢れた身がようやく世界へと還ることができるのだから」
ズキン。
心臓が音を立てる。切なく痛む。
寂しいのはわたしだけ?
悲しいのはわたしだけなの!?
わたしにはあなたがいないとダメなのに。
あなたはそんなわたしを置いて行くっていうの?
「どうして?そんなに嬉しそうなの?わたしは全然嬉しくないよ。敦盛さんがいなくなっちゃうのに。もう会えなくなるのに」
ためていた想いが堰を切った。
「ねぇ、わたしも連れて行ってよ。一人にしないで。遠くへ行かないで!…連れて行ってよぉ……っ」
わたしはしゃがんだまま、敦盛さんの手に縋りついた。
みっともなくたってかまわない。そんなの気にしてられるほど余裕なんてない。
あなたがいない世界を一人で生きるくらいなら、一緒にいなくなってしまったほうがいい。
わがままばかりでごめんね。でも、本当なの。これ以上離れていたくないの。
あの時、竜巻に飲まれたあなたを待っていたときのような気持ちはもう味わいたくないの。
お願い、わたしも連れて行って。
いつもみたいに困った顔で、仕方ないなって言って笑って?
お願い…っ。
でも、敦盛さんはいつもみたいに笑ってくれなかった。
優しい口調のまま、一番残酷な返事をわたしに返した。
「あなたは生きてくれ。私と一緒に消えるなんて言わないでくれ」
「……どうしてっ!?」
叫びに近い声が出た。
すると、彼の端正な顔が段々崩れていく。
なんとか理性で抑えていたと思われる憤りが顔に表れてきて。
「あなたを連れて行けるわけないだろう!あなたは、あなたは……生きていくべき人だ」
敦盛さんの声が鋭くなる。
つらそうに整った眉を寄せて俯く。
わたしは敦盛さんが怒鳴ったのを初めて見た。
「あつ…もりさん」
わたしはそう呼びかけるのが精一杯で。
そのまま敦盛さんは言葉を紡ぐ。拳を白くなるまで握り締めて、顔に怒りと悲しみを湛えて。
「…神子、あなたは私がつらくないと思っているのか!?あなたと会えなくなって寂しいと思わないと思っているのか!?」
彼は吐き捨てるように言う。
「…っつらくないわけないだろう!私だって…私だって…あなたを連れて行けたらどんなにいいと思っているか!」
それは初めて彼がむき出しにした感情。
こんなに激しい想いが彼の中にあったなんてわたしは知らなかった。
「すきなんだ、あなたが。離したくない、離れたくない。本当に本当に愛しい。大事なんだ。こんなに人をすきになったことは一度だってない」
「なら…っ」
どうして連れて行ってくれないの、と紡ごうとした言葉は敦盛さんの手に遮られた。
「神子、あなたには未だ強い神気が残っている。今の私の力ではあなたを連れて行くことはできない」
それに、と呼吸をおく。
「大事だからこそ、私はあなたに幸せになってほしい。生きてほしいんだ」
それはとても穏やかな表情。
「お願いだ、神子。私の分まで…生きてくれ。私を忘れてくれていい。ただ幸せになってほしい」
穏やか過ぎて、わたしは何も言えない。
反論したいのに、あなたがいなきゃわたしは幸せになんてなれないって言いたいのに。忘れるなんて不可能なのに。
言葉が出てこない。
だいすきなのに、絶対誰よりも敦盛さんのことが大事なのに、こんなにもお互いのことを想ってるのに。
離れなければ、別れなければならないなんて。
ああ神さま、どうしてこんな残酷な仕打ちをわたしたちにするのですか?
あんなにがんばって世界を救ったのに、わたしのささやかな願いひとつさえ叶えてくれないなんて。
この人と共に生きる権利さえ与えてくれないなんて。
あなたなんて……大キライです。
その日は突然やってきた。
「え…」
絶句。
だって他に反応のしようがなかったから。
あはは。…え?もう一回言ってください。
聞こえていなかったわけではない。ただ…理解できなかった。
そう言うと、彼はもう一度言いにくそうに同じ言葉を発した。
さっきと寸分違わぬその言葉。
「神子…私は…還らなければならない」
え?
思わずもう一度聞き返す。
なんて言った?
ミコワタシハカエラナケレバナラナイ。
ただの言葉の羅列。
それが徐々に形を成していく。
(還る…誰が……?敦盛さん……!?)
「なんっ…で!?」
やっと言葉が飲み込めたとき、思わず叫んでいた。
敦盛さんが還る……?
焦点の合わない目で見つめた敦盛さんは切なそうに顔を歪めていた。
そのとき悟った。本当なんだ、と。
敦盛さんが嘘なんかつくはずないって知ってる。
普段から正直な敦盛さんだから、「嘘でしょ!」なんて笑い飛ばしてしまうことはできなかった。
その言葉に含まれているのは真実だけ。
でも、でも、このときの言葉ほど嘘であってほしいと願ったことはなかった。
理解できた。しかし、頭がついていかない。
「やだなぁ敦盛さん…かえるって……どこへ?」
敦盛さんが言ったこともその表情もすべて見ないフリをしてわたしは笑った。
「神子…」
「いやっ!聞きたくない!」
声をかけようとした敦盛さんを遮る。
耳をふさいで、目をつぶって。
何も聞こえないように、何も見えないように。
今言われたことが真実だから、なおさら。
「神子……」
それでも敦盛さんは懸命にわたしを呼ぶ。
「神子…神子…お願いだ……私の話を聞いてくれ」
耳をふさいでも聞こえる敦盛さんの声が悲痛さを増した。
イヤだ、聞きたくない。
だって聞いてしまったら……。
アナタハイナクナッテシマウモノ。
聞きたくなくて、懸命に首を振った。
「いや、いや、いやだぁ…どうしてぇ……?」
どうして?
せっかくまた落ち着いた暮らしができて。
敦盛さんと2人一緒に……。
これからも…ずっと一緒に暮らすはずだったのに。
それしか望んでないのに。
「神子…お願いだっ…私を…見てくれっ」
敦盛さんは私の腕をつかんで耳から引き離そうとした。
つらそうな声、強い力。
それでも、私は抗う。
現実に向き合いたくなくて、持っている力すべてで敦盛さんに抵抗した。
「イヤだ…どうして?ねぇ、敦盛さん、わたし……どうしたらいいの?」
切なくて、どうしようもなくて、涙が溢れてきた。
足に力が入らなくなってその場に崩れ落ちる。
「神子……私は神子と出会えて幸せだった」
いや、そんなこと言わないで。今生の別れの挨拶みたいじゃない。
「神子と過ごせた半年……とても幸せだった」
「敦…盛さ…ん」
本当にお別れなの?
「神子…もうすぐ時が満ちる。私には分かる。この世での役目を終え、新たな生へと移るその瞬間が」
敦盛さんの声は苦しそうで、でもどこか安心したような響きを持っていた。
それはきっと、怨霊という存在から解き放たれる安堵感。
「…私は嬉しい。この穢れた身がようやく世界へと還ることができるのだから」
ズキン。
心臓が音を立てる。切なく痛む。
寂しいのはわたしだけ?
悲しいのはわたしだけなの!?
わたしにはあなたがいないとダメなのに。
あなたはそんなわたしを置いて行くっていうの?
「どうして?そんなに嬉しそうなの?わたしは全然嬉しくないよ。敦盛さんがいなくなっちゃうのに。もう会えなくなるのに」
ためていた想いが堰を切った。
「ねぇ、わたしも連れて行ってよ。一人にしないで。遠くへ行かないで!…連れて行ってよぉ……っ」
わたしはしゃがんだまま、敦盛さんの手に縋りついた。
みっともなくたってかまわない。そんなの気にしてられるほど余裕なんてない。
あなたがいない世界を一人で生きるくらいなら、一緒にいなくなってしまったほうがいい。
わがままばかりでごめんね。でも、本当なの。これ以上離れていたくないの。
あの時、竜巻に飲まれたあなたを待っていたときのような気持ちはもう味わいたくないの。
お願い、わたしも連れて行って。
いつもみたいに困った顔で、仕方ないなって言って笑って?
お願い…っ。
でも、敦盛さんはいつもみたいに笑ってくれなかった。
優しい口調のまま、一番残酷な返事をわたしに返した。
「あなたは生きてくれ。私と一緒に消えるなんて言わないでくれ」
「……どうしてっ!?」
叫びに近い声が出た。
すると、彼の端正な顔が段々崩れていく。
なんとか理性で抑えていたと思われる憤りが顔に表れてきて。
「あなたを連れて行けるわけないだろう!あなたは、あなたは……生きていくべき人だ」
敦盛さんの声が鋭くなる。
つらそうに整った眉を寄せて俯く。
わたしは敦盛さんが怒鳴ったのを初めて見た。
「あつ…もりさん」
わたしはそう呼びかけるのが精一杯で。
そのまま敦盛さんは言葉を紡ぐ。拳を白くなるまで握り締めて、顔に怒りと悲しみを湛えて。
「…神子、あなたは私がつらくないと思っているのか!?あなたと会えなくなって寂しいと思わないと思っているのか!?」
彼は吐き捨てるように言う。
「…っつらくないわけないだろう!私だって…私だって…あなたを連れて行けたらどんなにいいと思っているか!」
それは初めて彼がむき出しにした感情。
こんなに激しい想いが彼の中にあったなんてわたしは知らなかった。
「すきなんだ、あなたが。離したくない、離れたくない。本当に本当に愛しい。大事なんだ。こんなに人をすきになったことは一度だってない」
「なら…っ」
どうして連れて行ってくれないの、と紡ごうとした言葉は敦盛さんの手に遮られた。
「神子、あなたには未だ強い神気が残っている。今の私の力ではあなたを連れて行くことはできない」
それに、と呼吸をおく。
「大事だからこそ、私はあなたに幸せになってほしい。生きてほしいんだ」
それはとても穏やかな表情。
「お願いだ、神子。私の分まで…生きてくれ。私を忘れてくれていい。ただ幸せになってほしい」
穏やか過ぎて、わたしは何も言えない。
反論したいのに、あなたがいなきゃわたしは幸せになんてなれないって言いたいのに。忘れるなんて不可能なのに。
言葉が出てこない。
だいすきなのに、絶対誰よりも敦盛さんのことが大事なのに、こんなにもお互いのことを想ってるのに。
離れなければ、別れなければならないなんて。
ああ神さま、どうしてこんな残酷な仕打ちをわたしたちにするのですか?
あんなにがんばって世界を救ったのに、わたしのささやかな願いひとつさえ叶えてくれないなんて。
この人と共に生きる権利さえ与えてくれないなんて。
あなたなんて……大キライです。
コレかいてる間、すっごく楽しかった(楽しいのはわたしだけという)
2005/04/01 composed by Hal Harumiya
2005/04/01 composed by Hal Harumiya