そうして、5日ぐらい経った放課後。
「敦盛さんっ!!」
呼ばれて振り返ると、あの時の渡り廊下の彼女がこちらに向かって走ってくるところだった。
「よかった……やっと会えました」
そうつぶやいて、彼女はほっと息をついた。
見ると、彼女の目にはもう怒りや絶望などは感じられない。
むしろ、こちらに笑顔を向けてくる。
急に変わった態度に戸惑いを隠せない。
なんだ?
「あのですね、……えーと、どこから話したらいいかな……」
そう言って一向に話を切り出さない彼女。
「話がないなら失礼してもいいだろうか?」
そう言うが早いか私は歩き出した。
少しかわいそうだとも思うが、彼女とは正直もう会いたくないと思っていたし、実際会ってみて嫌なことしか思い出さない。
「あっ…ちょっ……、ちょっと待ってください!」
慌てた彼女は引きとめようと私の腕をつかんだ。
「ま、待ってください敦盛さん!……あのひ、ひかないで聞いてもらえますか?」
は?ひく?一体何をだ。
「一体何の話なんだ」
問うと、彼女は決意を固めたようにきっと私を見据えた。
そうして。
「あの雨の日…わたし敦盛さんに向かってこう言いましたよね?白龍の神子ですって」
覚えていますか?と彼女は私に問う。
そう言われて記憶を手繰る。
( そ、そんな…!わたしです、春日望美です!白龍の神子の……敦盛さん! )
( ハクリュウの神子…?よくわからないが、どこかで頭でも打ったのか?それとも熱があるとか )
ああ、そういえばそんなことを言っていた気もする。
「ああ、言っていたな。ハクリュウの神子……意味が分からなかった」
すると、彼女の顔が一瞬ぐっと歪んだ。
つらさを耐えているような、そんな顔だった。
しかし、次の瞬間にはもう普通の彼女の顔に戻っていた。
「そうですか……やっぱり思い出せないんですね」
は?
「思い出す……何をだ?」
気になる。
「敦盛さんの…前世です」
至極まじめな顔で彼女は言った。
「ぜ、前世……?」
突然降ってわいたような前世の話に頭がついていかない。
「はい。敦盛さんは前世、こことは違う時空であの平敦盛として、わたしと一緒に怨霊と戦っていたんです。わたしの八葉として」
……どこからどう指摘したものか。
とりあえず。
「……本当に頭でも打ったんじゃないか?」
そう聞いてみた。
「いいえ。そう反応されるだろうな、とは思っていましたから覚悟はしていました。でも、これは本当の話なんです」
真摯に訴えかけてくる瞳。
こんな話、100%冗談だろう。冗談だったら聞く必要もない。
しかし。
「敦盛さん、思い出して下さい。忘れられたままは、つらい……っ」
その切羽詰った口調に、ぐらっと心が揺れた。
あんな突拍子もない話を信じたわけではない。
前世なんて本当にあるのかすらも分からない。
しかし、彼女が嘘をついているようにも見えない。
結局。
「わかった……もう少し詳しい話を聞かせてくれ」
判断材料が究極に乏しい今、結論を下すのは話をちゃんと聞いてからでも遅くないだろう。
正直、真実だとは思えないにしろ、だ。
そう言うと、彼女は驚いたように私の顔を見つめ、にっこりと笑った。
それは初めて見る彼女の心からの笑顔だった。
「それは……よくできた話だな」
全ての話を聞き終えたあと口から漏れた素直な感想。
それが今の言葉だった。
はっと気づいて横を見ると、彼女は複雑そうな顔をして笑っていた。
とりあえず、前のように突然癇癪をおこすという事はもうないらしい。
「今は……無理に信じろ、なんて言いません」
意外な言葉に正直驚いた。
今までの彼女の印象だと、どうしても私に異世界での記憶を取り戻させたい、信じて欲しい、というイメージが強かったからだ。
そんな考えが顔に出ていたのか、彼女は私を見てくすっと微笑んだ。
「そりゃわたしだって信じて欲しいけど、無理強いはしません」
でも、と彼女は付け足した。
「きっと思い出してもらいます。わたしのことも、向こうでのことも」
硬くなった表情から相当な決意が読み取れる。
いなくなった恋人のためか?彼女がこんなに思いつめた表情をするのは。
それならば。
彼女の話を信じたわけではないが、もし真実だとしたらなおさら彼女に伝えておかなければならないことがある。
どうしても彼女が意志を曲げる気がないのならば、最初に。
「あなたの言い分は分かった。この体にその時の記憶が封じられているかもしれないということも分かった」
彼女は見落としていることがある。
「しかし、それを取り戻したからといって過去の私が本当にあなたのところに戻ってくるとは限らない」
言うと、彼女の笑みがさっと引いた。
「私がその記憶を手に入れたとして、私があなたに好意を持つとは限らない、ということだ」
少なくとも私は今の彼女に好意を抱いてはいない。
勝手に私の目の前に現れ、勝手に前世は恋人だったといい、あまつさえ記憶を取り戻そうなどと。
こちらの生活を無視した勝手極まりない行為だと思う。
「あなたがどう努力しようと勝手だが、限りなく可能性はゼロに近いということを心に留めておいてくれないか」
厳しいことをいうようだがそれが真実だ。
視線をやると、彼女は俯いたまま何も言わなかった。
「それでは、私はこれで」
私はその場を去ろうとした。特に話すこともなくなったし、行かなければならないところもある。
「……待ってください!!」
振り返ると彼女は顔を上げていた。
「諦めません、絶対に」
決意を秘めた強い瞳が私を見据えた。
「敦盛さん、覚えておいてください。まずはわたしの名前。春日望美っていいます。」
春日…望美……
その言葉を聞いた後、私は無言でその場から立ち去った。
春日望美。
その名前に聞き覚えはなかったが、美しい名前だと素直に思った。
そうして、一ヶ月。
毎日毎日3年の教室まで来て、よく飽きないものだと感心してしまう。
何かしら理由をつけてわざわざ一階上の3年の階までやってくるのだ。
お弁当を作ってきた、素敵なものを見つけた、一緒に帰らないか。
彼女は自分が言ったとおりに私の記憶を取り戻そうと必死だ。
その情熱は私にはないものだし、客観的に見ている分にはすごいと感心さえしてしまう。
あくまで、客観的であれば、の話だが。
「あ、こんなところにいたんですね。探しましたよ」
はぁ、見つかってしまった。
彼女がいい加減無理だ、と諦めるまでこんな生活は続くのだろうか。
私は彼女に気づかれないようこっそりため息を吐き出した。
「敦盛さんっ!!」
呼ばれて振り返ると、あの時の渡り廊下の彼女がこちらに向かって走ってくるところだった。
「よかった……やっと会えました」
そうつぶやいて、彼女はほっと息をついた。
見ると、彼女の目にはもう怒りや絶望などは感じられない。
むしろ、こちらに笑顔を向けてくる。
急に変わった態度に戸惑いを隠せない。
なんだ?
「あのですね、……えーと、どこから話したらいいかな……」
そう言って一向に話を切り出さない彼女。
「話がないなら失礼してもいいだろうか?」
そう言うが早いか私は歩き出した。
少しかわいそうだとも思うが、彼女とは正直もう会いたくないと思っていたし、実際会ってみて嫌なことしか思い出さない。
「あっ…ちょっ……、ちょっと待ってください!」
慌てた彼女は引きとめようと私の腕をつかんだ。
「ま、待ってください敦盛さん!……あのひ、ひかないで聞いてもらえますか?」
は?ひく?一体何をだ。
「一体何の話なんだ」
問うと、彼女は決意を固めたようにきっと私を見据えた。
そうして。
「あの雨の日…わたし敦盛さんに向かってこう言いましたよね?白龍の神子ですって」
覚えていますか?と彼女は私に問う。
そう言われて記憶を手繰る。
( そ、そんな…!わたしです、春日望美です!白龍の神子の……敦盛さん! )
( ハクリュウの神子…?よくわからないが、どこかで頭でも打ったのか?それとも熱があるとか )
ああ、そういえばそんなことを言っていた気もする。
「ああ、言っていたな。ハクリュウの神子……意味が分からなかった」
すると、彼女の顔が一瞬ぐっと歪んだ。
つらさを耐えているような、そんな顔だった。
しかし、次の瞬間にはもう普通の彼女の顔に戻っていた。
「そうですか……やっぱり思い出せないんですね」
は?
「思い出す……何をだ?」
気になる。
「敦盛さんの…前世です」
至極まじめな顔で彼女は言った。
「ぜ、前世……?」
突然降ってわいたような前世の話に頭がついていかない。
「はい。敦盛さんは前世、こことは違う時空であの平敦盛として、わたしと一緒に怨霊と戦っていたんです。わたしの八葉として」
……どこからどう指摘したものか。
とりあえず。
「……本当に頭でも打ったんじゃないか?」
そう聞いてみた。
「いいえ。そう反応されるだろうな、とは思っていましたから覚悟はしていました。でも、これは本当の話なんです」
真摯に訴えかけてくる瞳。
こんな話、100%冗談だろう。冗談だったら聞く必要もない。
しかし。
「敦盛さん、思い出して下さい。忘れられたままは、つらい……っ」
その切羽詰った口調に、ぐらっと心が揺れた。
あんな突拍子もない話を信じたわけではない。
前世なんて本当にあるのかすらも分からない。
しかし、彼女が嘘をついているようにも見えない。
結局。
「わかった……もう少し詳しい話を聞かせてくれ」
判断材料が究極に乏しい今、結論を下すのは話をちゃんと聞いてからでも遅くないだろう。
正直、真実だとは思えないにしろ、だ。
そう言うと、彼女は驚いたように私の顔を見つめ、にっこりと笑った。
それは初めて見る彼女の心からの笑顔だった。
「それは……よくできた話だな」
全ての話を聞き終えたあと口から漏れた素直な感想。
それが今の言葉だった。
はっと気づいて横を見ると、彼女は複雑そうな顔をして笑っていた。
とりあえず、前のように突然癇癪をおこすという事はもうないらしい。
「今は……無理に信じろ、なんて言いません」
意外な言葉に正直驚いた。
今までの彼女の印象だと、どうしても私に異世界での記憶を取り戻させたい、信じて欲しい、というイメージが強かったからだ。
そんな考えが顔に出ていたのか、彼女は私を見てくすっと微笑んだ。
「そりゃわたしだって信じて欲しいけど、無理強いはしません」
でも、と彼女は付け足した。
「きっと思い出してもらいます。わたしのことも、向こうでのことも」
硬くなった表情から相当な決意が読み取れる。
いなくなった恋人のためか?彼女がこんなに思いつめた表情をするのは。
それならば。
彼女の話を信じたわけではないが、もし真実だとしたらなおさら彼女に伝えておかなければならないことがある。
どうしても彼女が意志を曲げる気がないのならば、最初に。
「あなたの言い分は分かった。この体にその時の記憶が封じられているかもしれないということも分かった」
彼女は見落としていることがある。
「しかし、それを取り戻したからといって過去の私が本当にあなたのところに戻ってくるとは限らない」
言うと、彼女の笑みがさっと引いた。
「私がその記憶を手に入れたとして、私があなたに好意を持つとは限らない、ということだ」
少なくとも私は今の彼女に好意を抱いてはいない。
勝手に私の目の前に現れ、勝手に前世は恋人だったといい、あまつさえ記憶を取り戻そうなどと。
こちらの生活を無視した勝手極まりない行為だと思う。
「あなたがどう努力しようと勝手だが、限りなく可能性はゼロに近いということを心に留めておいてくれないか」
厳しいことをいうようだがそれが真実だ。
視線をやると、彼女は俯いたまま何も言わなかった。
「それでは、私はこれで」
私はその場を去ろうとした。特に話すこともなくなったし、行かなければならないところもある。
「……待ってください!!」
振り返ると彼女は顔を上げていた。
「諦めません、絶対に」
決意を秘めた強い瞳が私を見据えた。
「敦盛さん、覚えておいてください。まずはわたしの名前。春日望美っていいます。」
春日…望美……
その言葉を聞いた後、私は無言でその場から立ち去った。
春日望美。
その名前に聞き覚えはなかったが、美しい名前だと素直に思った。
そうして、一ヶ月。
毎日毎日3年の教室まで来て、よく飽きないものだと感心してしまう。
何かしら理由をつけてわざわざ一階上の3年の階までやってくるのだ。
お弁当を作ってきた、素敵なものを見つけた、一緒に帰らないか。
彼女は自分が言ったとおりに私の記憶を取り戻そうと必死だ。
その情熱は私にはないものだし、客観的に見ている分にはすごいと感心さえしてしまう。
あくまで、客観的であれば、の話だが。
「あ、こんなところにいたんですね。探しましたよ」
はぁ、見つかってしまった。
彼女がいい加減無理だ、と諦めるまでこんな生活は続くのだろうか。
私は彼女に気づかれないようこっそりため息を吐き出した。
望美がちょっとウザい子
2007/05/06 composed by Hal Harumiya
2007/05/06 composed by Hal Harumiya