僕たちは二度、恋をする 6

やっぱりあなたにはもう逢えないのでしょうか……。




目をあけたらそこは、あの日と同じ雨の渡り廊下だった。
ここは、学校だ。全てが始まった学校。
雨に打たれるのもかまわずわたしはしばらくそこに立っていた。
しとしとと降る雨は全てを包むかのようにわたしの上にも降りそそぐ。
思わず濡れた自分の手を見下ろす。
豆だらけの手は向こうにいたときと全然変わってなくてほっと安堵する。
少なくとも向こうの世界を無かったことにされなくてよかった。
そう思った。
しかし次の瞬間、自分の着ている服が装束から制服に変わっているのに気付くと、その不細工な手と制服がまるで合ってないようで、違和感を覚えた。
あの日、将臣くんと譲くんとここで白龍と逢って。それで、向こうの世界に飛ばされて。
いろんなことをして。怨霊を封印したり、平家と戦ったり。
かけがえのない仲間を得て。
そして……。
一生に一度と呼べるくらいすきな人に出会った。
あの人のことを思い出すだけで鼻の奥がつんとしてくる。
もう逢えない。
あの人の存在もこちらでは感じることができないから。
もっとあの場所にいたかった。敦盛さんと…敦盛さんの思い出と一緒に生きていきたかった。
でも、それは朔が許してはくれなかった。龍神も許してくれなかった。
わたしのためだって分かっていたけど。
それでも、本当に戻ってきたくなかった。

( どうして帰って来ちゃったんだろ? )
わたしがもっと強く帰りたくないと願えば、未来は変わっただろうか?
あの世界に残れただろうか?
答えは、出ない。

わたしは空を見上げた。
顔に雨の雫が当たって心地いい。
雨はすきじゃなかったわたしが雨を心地いいと思えるのは、敦盛さんのおかげなのだ。
敦盛さんは雨が嫌いだったわたしに雨の優しさとぬくもりを教えてくれた。

( 雨は全てを包み込む。活けるものもそうでないものも。優しく……平等に )

そうやって教えてくれたあの人の顔は私のだいすきな優しい笑顔だった。
だから。
こうして雨に当たっていると敦盛さんが近くで笑ってくれてるような気がして。
それに。
雨は流す涙を隠してくれるから。
漏れる鳴咽も消してくれるから。

「…っ……っひ…」

敦盛さん…あなたに会いたい。
会って、もう一度会って。伝えたい。
最期に言えなかったわたしの答えを。

「……っ」

わたしはあなたを愛していますって。

「……ぃっ」

ああ、やっぱりわたしはもう一生恋なんてできないな。

「…いっ」

だって敦盛さんのことを想い過ぎて彼の声まで聞こえてくるんだから。

「おいっ!聞こえているのか!?そんなところにいたら風邪をひいてしまうぞ」

え!?…嘘……。
前にもおんなじようなことがあった。
だからか、もうあんな偶然は起きないだろう、と。
でもこの声、この声は――
わたしは反射的にバッと振り返った。

「おい!聞こえているなら返事をしたらどうなんだ」

そこには、もう一生会えないと思っていた人が立っていたのだ。

「あつ…もりさ―」

言うが早いかわたしは彼の胸に飛び込んでいた。
厳島で竜巻に呑まれた敦盛さんと再会したときと同じように。
同じことが2度も起こるなんて。

「っ!?」

敦盛さんが息を飲むのがわかる。
ああ、本当に本物の敦盛さんだ。
信じられない。なんて奇跡。
まさか、敦盛さんがこっちの世界の現代に転生していたなんて。
また生きているあなたに逢えるなんて。
この時の気持ちは何にも形容できない。
それくらい喜びと幸せが一度にやって来た。

「敦盛さん……会いたかった……」

敦盛さんの肩に顔を埋めて呟いた。
今のわたしの素直な気持ちを。
敦盛さんもそれに応えてくれると思っていた。
いつものように。少し照れながら。

しかし。

「あの…、……あなたは勘違いをしている」

何か戸惑って言うような口調でそう言うと彼は力を込めて私を引き離した。

「!?あつ……?」

何を言われているのかわからなかった。勘違い?

「……あなたは勘違いをしている。確かに私は敦盛というが……私はあなたを知らないし、話したこともない」

え!?
わたしは一瞬耳を疑った。
心臓がドクドクと聞こえそうなくらい大きく鳴り始めた。

「や、やだなあ敦盛さん。もう冗談なんか聞きたくないですよ」

焦ってそう言ったが、敦盛さんの顔は至って真面目で冗談を言っているようには見えなかった。
そもそも敦盛さんは冗談なんか言わないのだが。

「冗談などではない。あなたは……誰なんだ?」

心底わからないといった顔。
うそ……。
わたしのこと…覚えてないの?
本当に!?ちっとも!?これっぽっちも!?
どの質問にも答えは否。

全身から血が引いていく感じがした。
後から考えれば記憶があるほうがおかしいってわかる。
でもこの時のわたしはそれすらもわからないくらい動転していた。
とにかく敦盛さんに思い出してもらいたくて。
わたしの頭はそのことでいっぱいだった。

「そ、そんな…!わたしです、春日望美です!白龍の神子の……敦盛さん!」

思い出して、とわたしは叫んだ。
ふと気付く。
彼の、敦盛さんの視線が、見たこともないくらい冷たいことに。
それはまるで気違いでも見たかのような、そんな顔。
こんな表情の敦盛さんをわたしは知らない。

「ハクリュウの神子……?よくわからないが、どこかで頭でも打ったのか?それとも熱があるとか」

( な……!? )

ひどい。わたしはカッと頭に血が上った。
こっちは真剣に話してるのに、頭でも打ったのかって!
わたしの気持ちも向こうの世界のことも全部否定されたように感じた。
ようやくきづいた。
この人は見た目は本当に敦盛さんにそっくりなのに、全然違う。
敦盛さんはこんなに失礼な人じゃない。
こんな人の気持ちを考えないような冷血な人じゃない!
わたしは悔しくて悲しくて唇を噛み締めていた。

( こんな人敦盛さんじゃない! )

そう思う気持ちが強すぎて。

「……本当に熱があるようだ。顔があか……」「触らないでっ!!」

パンッ。
ハッと気付いたときには、伸ばされた手をおもいっきり払いのけていた。
敦盛さんは呆然とした顔でこっちをみていた。

「あっ……」

発せたのはその一言だけ。頬がカッと熱を帯びる。
やりすぎた。怒りに任せて人の厚意を無駄にするなんて。
顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
この人は心配してくれただけなのに。

「……っ」

でもどうしても謝る気になれなくて。
心の中がぐちゃぐちゃだった。
いっぺんにいろんなことがありすぎて。
考えたくなかった。
ただ一つ望むのは、この場にもういたくないということだった。

「……失礼っ…します…」

それだけ言うのが精一杯で。
わたしは雨の中を駆け出していた。

「……っ…」

敦盛さんが振り返る気配がしたけどそんなことに構ってる余裕はなかった。
ただ走って、走って。

( なん……っ… )

廊下が濡れるのも、滑って転びそうになるのも構わず走った。
頭の中がぐちゃぐちゃで。
あの人の冷たい言葉が、冷たい態度がつらくて。
敦盛さんと同じ顔だから余計に。
本人に言われているみたいに痛くて。
それは痛みでわたしを斬っていく感じ。
辛くて、苦しいのに。
またあの人に会えた喜びで心がおかしくなってしまいそう。
相反する感情の波が大きすぎて。
わたしの許容範囲を越えそうだった。

「はぁ……はぁ……っ」

一体どれくらい走ったのだろう。
わたしは昇降口の前で足を止めた。

「……はぁっ……なんっ……っ」

涙が零れた。
なんて形容すればいい?
会えて嬉しい?冷たくされて悲しい?
忘れられて、バカにされて悔しい?
もう、わからない。
ただ、泣きたかった。

「ーっ……っあ……」

思わず声が漏れそうになるのを必死で堪える。
ダメだ、我慢してるのに。嗚咽に変わってしまう。

「〜〜っ…〜〜っふ…あ…」

これ以上堪えられない。
そう考えて、校舎の外に出ようとしたときだった。

「……の、望美…?」

懐かしい声がして振り返ると、そこには懐かしい幼なじみが目を丸くして立っていた。

「ま…さお…み…く……」

なんでこっちにいるの、とか、どうやって戻って来たのとか、いっぱい聞くことはあったのだけれど。
そんなことにはちっとも頭が回らなくて。
ただ知ってる人が側にいることが嬉しくて。
わたしは将臣くんのほうに駆け出していた。

「まさおっ……っひっくんっ」
「の、望美……とりあえず外、出るか」

中にいたらうじうじしちまうだろ、と将臣くんは言った。
わたしは将臣くんに肩を抱かれながら言われるままに外に向かった。
その様子を肩で息をしながら見ていた人がいたことにも気付かずに。




無理やりな展開ごめんなさい 将臣出したかったんだよ……
2005/07/17 composed by Hal Harumiya